ぽんきちさん
レビュアー:
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その「白」はどんな色?
2024年、ノーベル文学賞を受賞した韓国作家による、詩のような断章のような作品。
白いものといえば何を思い浮かべるだろう。
雲、綿あめ、動物の和毛、霜柱、エプロン。
著者が挙げていくのは、
どの白も白いが、実のところ色合いは少しずつ異なる。
それらが想起させる手触りも思い出も。
でもどこかしら、それらには常に、清潔感と密やかな淋しさが混じるかもしれない。
白いシーツを青空の下、パン・・・と広げたときにかすかに感じるような。
白にまつわる幼少期からの思い出を辿りながら、語り手の「私」の心に浮かぶのは、生まれて2時間しか生きられなかった「姉」のことである。
急な早産で、周囲に助けるものもなく、母は1人でその子を産んだ。
白いおくるみに包まれたその子は、しばらくして、黒い瞳をぱっちり開いた。
けれども母の呼びかけもむなしく、その子は生き永らえることができなかった。
何年かして、「私」が生まれた。
母から聞かされた、会ったこともない姉の記憶は、「私」の中に密かに宿り続ける。
大人になり、住んでいたソウルから遠く離れたワルシャワに招待されて、その地でしばらく暮らした。
日常の喧騒を離れ、寒くて暗い異国で過ごしながら、「私」は姉のことを考え続ける。
それはある種、生きることができなかった姉とともに生きていくことだったのかもしれない。
東欧の「白い」都市で。
ハングルには、白を表す言葉に「ハヤン하얀」と「ヒン흰」があるという。「ハヤン」はひたすら清潔な白、「ヒン」はやや抽象的にも使われるようで、淋しさをたたえる色である。著者が書きたかった「白」は後者の白で、原著のタイトルも「흰」である。
邦訳のタイトルは原著の第3章をそのまま採っているのかもしれないが、鮮烈で、これはこれで忘れがたい。
私はハングルは読めないので確かめようがないのだが、邦訳は非常に丁寧に綴られている印象を受ける。おそらくそれは原文の手触りそのままなのではないか。
静かに、「私」の内面に降りていくように、細々したことが綴られていく。短い数ページの断章は、それぞれ、ごく個人的な思い出でありながら、どこか普遍性を持つ。
実際、姉が亡くなったことやワルシャワを訪れたことは著者自身の実体験に基づいてはいるのだが、本作は私小説的というよりは、神話や寓話のようにも見えてくる。
誰しも、大切な人や物を失ったことはあり、その記憶を宿して生きている。
生と死の淋しさをたたえる「白」は、その思い出にそっと寄り添う。
単行本では、幾種類かのやや色味の異なる「白」い紙が使われており、こだわりを感じさせる装丁である。
白いものといえば何を思い浮かべるだろう。
雲、綿あめ、動物の和毛、霜柱、エプロン。
著者が挙げていくのは、
おくるみ
うぶぎ
しお
ゆき
こおり
つき
こめ
なみ
はくもくれん
しろいとり
しろくわらう
はくし
しろいいぬ
はくはつ
壽衣
どの白も白いが、実のところ色合いは少しずつ異なる。
それらが想起させる手触りも思い出も。
でもどこかしら、それらには常に、清潔感と密やかな淋しさが混じるかもしれない。
白いシーツを青空の下、パン・・・と広げたときにかすかに感じるような。
白にまつわる幼少期からの思い出を辿りながら、語り手の「私」の心に浮かぶのは、生まれて2時間しか生きられなかった「姉」のことである。
急な早産で、周囲に助けるものもなく、母は1人でその子を産んだ。
白いおくるみに包まれたその子は、しばらくして、黒い瞳をぱっちり開いた。
けれども母の呼びかけもむなしく、その子は生き永らえることができなかった。
何年かして、「私」が生まれた。
母から聞かされた、会ったこともない姉の記憶は、「私」の中に密かに宿り続ける。
大人になり、住んでいたソウルから遠く離れたワルシャワに招待されて、その地でしばらく暮らした。
日常の喧騒を離れ、寒くて暗い異国で過ごしながら、「私」は姉のことを考え続ける。
それはある種、生きることができなかった姉とともに生きていくことだったのかもしれない。
東欧の「白い」都市で。
ハングルには、白を表す言葉に「ハヤン하얀」と「ヒン흰」があるという。「ハヤン」はひたすら清潔な白、「ヒン」はやや抽象的にも使われるようで、淋しさをたたえる色である。著者が書きたかった「白」は後者の白で、原著のタイトルも「흰」である。
邦訳のタイトルは原著の第3章をそのまま採っているのかもしれないが、鮮烈で、これはこれで忘れがたい。
私はハングルは読めないので確かめようがないのだが、邦訳は非常に丁寧に綴られている印象を受ける。おそらくそれは原文の手触りそのままなのではないか。
静かに、「私」の内面に降りていくように、細々したことが綴られていく。短い数ページの断章は、それぞれ、ごく個人的な思い出でありながら、どこか普遍性を持つ。
実際、姉が亡くなったことやワルシャワを訪れたことは著者自身の実体験に基づいてはいるのだが、本作は私小説的というよりは、神話や寓話のようにも見えてくる。
誰しも、大切な人や物を失ったことはあり、その記憶を宿して生きている。
生と死の淋しさをたたえる「白」は、その思い出にそっと寄り添う。
単行本では、幾種類かのやや色味の異なる「白」い紙が使われており、こだわりを感じさせる装丁である。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- そうきゅうどう2025-06-23 08:41
この本のことは全く知りませんが、レビューを読んでいてカジミール・マレーヴィチの絵『白の上の白』を思い出しました。
『白の上の白』については、例えば↓
https://www.01-radio.com/moment/members/5016/クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:河出書房新社
- ページ数:192
- ISBN:9784309207605
- 発売日:2018年12月26日
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