すずはら なずなさん
レビュアー:
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ひとつずつ「消滅」がやって来る。受け容れて生きていく「島」のひとびと。
静かで不思議な 物語。
世界から「何か」が消えるという話を他にも読んだことがある。
ともすれば 悪魔や死神との契約、SF、ファンタジーとしてその世界ならではの説明のつくような物語を想像しがちだが そういうものとは違い、「説明」が全くないのだ。
何とも不思議な世界に ぽんと放たれた感じで 呆然とする。
例えば、鳥、たとえばオルゴール。香水、大きいものではフェリー、小説、そしてついには…。
そういった「もの」がある日ひとつずつ、その島では「消滅」する。
「消滅」はその「もの」が消えて無くなるのとは違う。
ひとびとにとって「意味のない」ものになるのだ。
何の思い入れもなく、「それ」に対して何も感じることができなくなり、思い出もいずれ消え失せるという。そして秘密警察に逆らう者として追われるのを怖れるからというより、自ら「消滅した」ものに関わる全てのものを何の感慨もなさげにすててしまうのだ。燃やす、川てに流すなどの手段をもって。当然 秘密警察の家宅捜索や強制的な没収という形もある。
そして だんだん解ってくるのは、小説家である主人公の女性の母親や編集者R氏など、「記憶を失わない=『消滅』のない」ひとの存在。秘密警察が追い、つれて行かれる先も理由も、その後どうなったのかもわからない。
何かの実験台にされたのだろうか。追い、迫害するかのように見せて、実は「記憶を失わないこと=身体、脳の機能」を秘密警察や、さらにどこかに存在する「上」の者が望んでいたのだろうか。そういう説明も最後までつきはしないのだ。
小説家である主人公の書く物語も並行に挿入される。
これもまた声を失い、代わりに頼っていたタイプライターも壊れ、奪われ、支配と拘束の中 不思議な諦めと安心の中「消えていく」女性の物語だ。
そうしてまた、現実でも消滅は進み、「失わない」彼を匿いながら、自分自身はどんどん消滅に身を任せていくのだ。
「失うこと」は悲しい、むなしい。けれど、それに気が付くのはものが消えても思い出が消えない人たちで、失っていく多くの人たちはその悲しさにも気付かない。そんな世界だ。
失ったもので「心にぽっかりと穴があく」、というが 彼らは穴ぼこだらけのまま何も気付かず 寂しさもむなしさも感じないのだ。それをそばで見る「忘れることができない人」の気持ちはどんなだろうか、と思う。
何となく予測し怖れてもいた結末は だが意外にもぼやりとした明るさをのこしている。
何かが終ってしまった後 これから世界が始まる予感、というのだろうか。
ものがたりに引き込み、留め、こんなに余韻を残す作者に感服。
さて、この世界を受け容れながらただ、「消滅」ということについて現実に起こりうるか少し違和感があった。力で抑圧された人々が、忘れたふりをして生き延びる、という設定でもないからだ。ナチスを思わすようなこの抑圧が苦しすぎて自ら「喪失」に鈍感になろうとした結果なのかもしれないが。
ひとつ現実的に ストンと納得したことがある。物語からは少し離れる。
高齢で耳の遠い父が「自分から音楽が無くなった」というのだ。会話や台詞なら経験と予測で補うからいい。だが、聞こえないだけでなく「とぎれる、ずれて聞こえる、雑音が入る波長」があり、流れるメロディとして楽しめないというのだ。だからもうCDは聞かず、プレーヤーも不要だから すててしまう。音楽番組は見ない。ドラマも映画も音楽は聞かない、というのだ。ああ、これって「消滅」ではないのだろうか、そう思った。
辛いと思うと余計に苦しい、寂しい。だから本人も忘れるようにするのだ。関係するものを周りから排除するのだ。
でも。
「歌えるよね?思い出の歌とか」私が言い、促して一曲一緒に懐メロを歌ってみた。
自分の歌も変に聞こえるそうで、「だから歌えない」と言う。「ちゃんと聞こえるよ、おかしくないよ」と励ました後 その話はそこで終わった。酷く寂しい気持ちになってしまったのだが、その数時間後、書斎から小さく「鼻歌」が聞こえてきたのだ。
父から、「音楽」は消滅していない。そう思うと嬉しくなった。
もうひとつ、大切な人を失うと「ぽっかり穴があく」のだろうと思っていたのを訂正したい。
穴は出来るかもしれないけれど 決して空洞にはならない。沢山の思い出話を周りの人として 自分は知らなかったことが増えた。へこんだ穴どころか溢れるような沢山のもので 残った者は満たされるのだということを今回 亡くなった母に教えてもらったのだった。
ともすれば 悪魔や死神との契約、SF、ファンタジーとしてその世界ならではの説明のつくような物語を想像しがちだが そういうものとは違い、「説明」が全くないのだ。
何とも不思議な世界に ぽんと放たれた感じで 呆然とする。
例えば、鳥、たとえばオルゴール。香水、大きいものではフェリー、小説、そしてついには…。
そういった「もの」がある日ひとつずつ、その島では「消滅」する。
「消滅」はその「もの」が消えて無くなるのとは違う。
ひとびとにとって「意味のない」ものになるのだ。
何の思い入れもなく、「それ」に対して何も感じることができなくなり、思い出もいずれ消え失せるという。そして秘密警察に逆らう者として追われるのを怖れるからというより、自ら「消滅した」ものに関わる全てのものを何の感慨もなさげにすててしまうのだ。燃やす、川てに流すなどの手段をもって。当然 秘密警察の家宅捜索や強制的な没収という形もある。
そして だんだん解ってくるのは、小説家である主人公の女性の母親や編集者R氏など、「記憶を失わない=『消滅』のない」ひとの存在。秘密警察が追い、つれて行かれる先も理由も、その後どうなったのかもわからない。
何かの実験台にされたのだろうか。追い、迫害するかのように見せて、実は「記憶を失わないこと=身体、脳の機能」を秘密警察や、さらにどこかに存在する「上」の者が望んでいたのだろうか。そういう説明も最後までつきはしないのだ。
小説家である主人公の書く物語も並行に挿入される。
これもまた声を失い、代わりに頼っていたタイプライターも壊れ、奪われ、支配と拘束の中 不思議な諦めと安心の中「消えていく」女性の物語だ。
そうしてまた、現実でも消滅は進み、「失わない」彼を匿いながら、自分自身はどんどん消滅に身を任せていくのだ。
「失うこと」は悲しい、むなしい。けれど、それに気が付くのはものが消えても思い出が消えない人たちで、失っていく多くの人たちはその悲しさにも気付かない。そんな世界だ。
失ったもので「心にぽっかりと穴があく」、というが 彼らは穴ぼこだらけのまま何も気付かず 寂しさもむなしさも感じないのだ。それをそばで見る「忘れることができない人」の気持ちはどんなだろうか、と思う。
何となく予測し怖れてもいた結末は だが意外にもぼやりとした明るさをのこしている。
何かが終ってしまった後 これから世界が始まる予感、というのだろうか。
ものがたりに引き込み、留め、こんなに余韻を残す作者に感服。
さて、この世界を受け容れながらただ、「消滅」ということについて現実に起こりうるか少し違和感があった。力で抑圧された人々が、忘れたふりをして生き延びる、という設定でもないからだ。ナチスを思わすようなこの抑圧が苦しすぎて自ら「喪失」に鈍感になろうとした結果なのかもしれないが。
ひとつ現実的に ストンと納得したことがある。物語からは少し離れる。
高齢で耳の遠い父が「自分から音楽が無くなった」というのだ。会話や台詞なら経験と予測で補うからいい。だが、聞こえないだけでなく「とぎれる、ずれて聞こえる、雑音が入る波長」があり、流れるメロディとして楽しめないというのだ。だからもうCDは聞かず、プレーヤーも不要だから すててしまう。音楽番組は見ない。ドラマも映画も音楽は聞かない、というのだ。ああ、これって「消滅」ではないのだろうか、そう思った。
辛いと思うと余計に苦しい、寂しい。だから本人も忘れるようにするのだ。関係するものを周りから排除するのだ。
でも。
「歌えるよね?思い出の歌とか」私が言い、促して一曲一緒に懐メロを歌ってみた。
自分の歌も変に聞こえるそうで、「だから歌えない」と言う。「ちゃんと聞こえるよ、おかしくないよ」と励ました後 その話はそこで終わった。酷く寂しい気持ちになってしまったのだが、その数時間後、書斎から小さく「鼻歌」が聞こえてきたのだ。
父から、「音楽」は消滅していない。そう思うと嬉しくなった。
もうひとつ、大切な人を失うと「ぽっかり穴があく」のだろうと思っていたのを訂正したい。
穴は出来るかもしれないけれど 決して空洞にはならない。沢山の思い出話を周りの人として 自分は知らなかったことが増えた。へこんだ穴どころか溢れるような沢山のもので 残った者は満たされるのだということを今回 亡くなった母に教えてもらったのだった。
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電車通勤になって 少しずつでも一日のうちに本を読む時間ができました。これからも マイペースで感想を書いていこうと思います。
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- 出版社:講談社
- ページ数:402
- ISBN:9784062645690
- 発売日:1999年08月10日
- 価格:720円
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