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darklyさん
darkly
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史実と虚構を織り交ぜた味わい深いミステリー。西洋の歴史が苦手な私でもすっと入っていけました。
以前「カラマーゾフの妹」を読んで注目していた作家の新刊をなにかの情報で知って読んでみました。

舞台は17世紀のアムステルダム。汚れた運河の水は悪臭を放ち、衛生状態が悪くペストの恐怖に怯える人々が暮らす街。この街に奇妙な噂が流れていた。市庁舎の廊下を隻眼の王の亡霊が夜な夜な絵画から抜け出し彷徨い歩くという。王は古代ローマ時代の英雄クラウディウス・キウィリス。絵画の作者はレンブラント・ファン・レイン

レンブラントの息子で画家でありまた画商でもあるティトゥス・ファン・レインはその市庁舎でフェルナンド・ルッソ、通称ナンドと出会う。ティトゥスはナンドを連れてレンブラントのいる家に帰るが、翼竜館の宝石商人ホーヘフェーンの使者から至急レンブラントに来て欲しいと取次を懇願され、ティトゥスが名代として翼竜館に向かう。

ティトゥスはホーヘフェーンと面会するが、会話が噛み合わず全く要領を得ない状態である。そのうちカルコーエン医師が館に到着するとティトゥスは館から追い出される。狐につままれたような状態で家に帰るが、次の朝、ホーヘフェーンはカルコーエンと共に館を訪れたペスト医師の尽力も虚しくペストで死去し埋葬されたとの噂を聞く。

ティトゥスがペストの噂について調べるため翼竜館に行くと、どこからかうめき声が聞こえてくる。調べると金庫の中にホーヘフェーンが!その後ホーヘフェーンは双子であることが判明するが、この人物は宝石商のホーヘフェーンなのか?

また巷ではレンブラントが描いたホーヘフェーンの肖像画からホーヘフェーンが抜け出し、この世に甦ったという噂が流れる。愛する人を失った人たちがレンブラントの家に殺到する。肖像画を描いて愛する人を甦らせて欲しいと。

魅力的なキャラクター、端正な文章、西洋の歴史に疎く中世ヨーロッパが舞台の話に苦手意識がある私でもすっと世界に入っていけました。しかし、妙な違和感が付きまといます。

それは、明らかにミステリのような雰囲気なのですが、ホーヘフェーンに関して事件とも言えない不思議な出来事は起こっても、殺人事件など犯罪が行われたという事実も判明していないのです。にもかかわらずティトゥスはレンブラントの息子であり直接出来事にも関与していますので調査するのは分かるものの、何の関係もないナンドがなぜ調査に絡んでくるのか分かりません。もっと言えばなぜ絡むのかをナンド自身も分からないと言うのです。もちろんこの違和感も伏線ではあるのですが。

ナンドは何者なのかということもさることながら、スパイのようにナンドを調べるイギリス人、明らかに嘘をついているカルコーエン医師、正体を偽っていたペスト医師のアニェージ、謎のアフリカ人女性、何もかもが雨に煙るアムステルダムのように不透明で怪しい。

そして良心の呵責もあり一人で抱えきれなくなったティトゥスは判明していることすべてをレンブラントに話します。そしてレンブラントによる謎解きが始まります。さながら安楽椅子探偵のようにティトゥスから聞き取ったことだけで。レンブラントはこう言います。
起こったことをそのまま見ればいいだけだ。私に分かって君らに分からないはずはないのだが、君らはちゃんと見ていないのだ。ただそれだけだ。
おおっ、レンブラント・フォン・京極堂!

レンブラントはこの数日間に起こった出来事の謎をすべて解き明かしたうえで、さらに驚愕の真実を明らかにします。この真実は王の亡霊の噂を一笑に付す真のリアリストであり天才画家のレンブラントにしか解き明かせません。この真のリアリストの意味が重要です。このように書くと普通は現在ほど科学が発達していない中世の迷信を何も不思議なことなどないと論理的に解き明かすミステリを想像すると思いますが、実はこの物語はそれを逆手に取っていると言えるのです。読者は最初から作者の罠に嵌められているのです。この結末はなんとも言えない読後感を残します。

正直結末に至るまでは歴史を題材とし、物語の構成としてはオーソドックスなミステリなのかと思いながら読み進めていましたが、最後まで読めば期待した以上の作品でますます高野さんのファンになりました。ジャケットのレンブラントの代表作「トゥルプ博士の解剖学講義」のトゥルプ博士も登場し、史実と虚構を織り交ぜた幻想的な味わいはとても好みです。ミステリ好きな方にももちろんお薦めできますが、絵画好き、中世ヨーロッパ的なロマンや幻想を好む方にもお薦めできる作品です。個人的には近年読んだミステリでは最も高評価です。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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この書評へのコメント

  1. ランピアン2018-12-05 07:02

    ものすごく読みたくなりました。ありがとうございます。

  2. darkly2018-12-05 19:25

    コメントありがとうございます。所謂本格推理物ではないですが私はツボでした。

  3. ランピアン2018-12-10 06:38

    よく伝わってきました。

  4. No Image

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