darklyさん
レビュアー:
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中年となった平野啓一郎の問題意識に共感します。
武本里枝の離婚調停を担当した弁護士の城戸は里枝から奇妙なメールを受け取る。彼女は谷口大祐と再婚し谷口里枝となっているが、その夫は既に事故で死亡した。大祐の兄が遺影を見たところ大祐ではないと言う。では夫は誰なのか?
城戸は大祐及び里枝に並々ならぬ関心を示します。それは城戸の出自と関係があります。城戸は在日三世ですが日本国籍も取得しこれまでそのことを特に意識せずに今まで生きてきました。おりしも3.11の震災、関東大震災時の朝鮮人虐殺、ヘイトスピーチ等、今まで硬い地盤の上に築かれていると思っていた自分の存在への不安を覚えます。
里枝は幼い子供を病気で亡くし、離婚後、実家に戻りシングルマザーとして生活している中で大祐と出会い結婚し子供も産まれ幸せを掴んだのも束の間、大祐が仕事中に事故で死亡、更に大祐は本人ではなかったということが判明します。家族4人での幸せという揺るぎない地盤がその根底から覆されました。
古今東西愛と社会性の相反関係(許されぬ愛など)は常に文学のテーマではありますが、この物語では後になって愛していた人の正体が判明するので愛がオーバーロード(多重定義)できるかという問いとなっています。
人には過去があって現在に至っています。その人を愛していたが実は過去は偽りである場合にその偽りの部分も含めて愛せるのか、愛せるのであればそれは元の愛とはまた違った愛、つまり定義し直した愛なのでしょう。過去が偽りであるため愛が消滅するのではなく元の愛に重ねて新たな愛に生まれ変わることができるのであれば、自分も妻子との関係で愛を定義し直すことができるのではないかと潜在的な願望を城戸は抱いています。
それは私のような平凡な中年夫婦にも言えることで、若い頃のような恋愛や情熱などに基づいた愛ではなく、徐々に人生を共にするかけがえのないパートナーとしての愛を重ねて知らず知らずに定義し直しているのだと思います。
城戸はXが誰であったか明らかにすることで里枝が幸せであったと思ってほしいと願うと同時に、里枝が幸せだったと思うのなら、それは城戸自身を勇気づけ救うことになるのです。自分の出自が子供に与える影響、それも含めて妻との関係について勇気と愛をもって前に進むことができるのです。X探しはいわば城戸の自分探しでもあったのです。
また同時に城戸自身は在日三世ということを全く隠さずに結婚しましたが、Xのように自分には全く非がなくても過去を隠さざるを得ない人に城戸は共感します。それは日本をはじめどこの国の社会にもある謂われなき差別への作者の憤りを城戸に代弁させているのでしょう。
この小説は谷口大祐とは誰か?ということを巡るミステリーの部分も結構凝っており大変楽しめます。様々な理由で戸籍交換を行う人たち、過去に傷を持つ者たちを容赦なく追い詰めていく匿名の悪意溢れるネット社会など社会派的な側面と思弁的な側面が重層的に描かれた力作だと思います。
城戸は大祐及び里枝に並々ならぬ関心を示します。それは城戸の出自と関係があります。城戸は在日三世ですが日本国籍も取得しこれまでそのことを特に意識せずに今まで生きてきました。おりしも3.11の震災、関東大震災時の朝鮮人虐殺、ヘイトスピーチ等、今まで硬い地盤の上に築かれていると思っていた自分の存在への不安を覚えます。
里枝は幼い子供を病気で亡くし、離婚後、実家に戻りシングルマザーとして生活している中で大祐と出会い結婚し子供も産まれ幸せを掴んだのも束の間、大祐が仕事中に事故で死亡、更に大祐は本人ではなかったということが判明します。家族4人での幸せという揺るぎない地盤がその根底から覆されました。
古今東西愛と社会性の相反関係(許されぬ愛など)は常に文学のテーマではありますが、この物語では後になって愛していた人の正体が判明するので愛がオーバーロード(多重定義)できるかという問いとなっています。
人には過去があって現在に至っています。その人を愛していたが実は過去は偽りである場合にその偽りの部分も含めて愛せるのか、愛せるのであればそれは元の愛とはまた違った愛、つまり定義し直した愛なのでしょう。過去が偽りであるため愛が消滅するのではなく元の愛に重ねて新たな愛に生まれ変わることができるのであれば、自分も妻子との関係で愛を定義し直すことができるのではないかと潜在的な願望を城戸は抱いています。
それは私のような平凡な中年夫婦にも言えることで、若い頃のような恋愛や情熱などに基づいた愛ではなく、徐々に人生を共にするかけがえのないパートナーとしての愛を重ねて知らず知らずに定義し直しているのだと思います。
城戸はXが誰であったか明らかにすることで里枝が幸せであったと思ってほしいと願うと同時に、里枝が幸せだったと思うのなら、それは城戸自身を勇気づけ救うことになるのです。自分の出自が子供に与える影響、それも含めて妻との関係について勇気と愛をもって前に進むことができるのです。X探しはいわば城戸の自分探しでもあったのです。
また同時に城戸自身は在日三世ということを全く隠さずに結婚しましたが、Xのように自分には全く非がなくても過去を隠さざるを得ない人に城戸は共感します。それは日本をはじめどこの国の社会にもある謂われなき差別への作者の憤りを城戸に代弁させているのでしょう。
この小説は谷口大祐とは誰か?ということを巡るミステリーの部分も結構凝っており大変楽しめます。様々な理由で戸籍交換を行う人たち、過去に傷を持つ者たちを容赦なく追い詰めていく匿名の悪意溢れるネット社会など社会派的な側面と思弁的な側面が重層的に描かれた力作だと思います。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:360
- ISBN:9784163909028
- 発売日:2018年09月28日
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