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ぽんきち
レビュアー:
リンカーンの幼い息子の死にまつわる、賑やかな幽霊譚
1862年2月、南北戦争中のアメリカで、1人の少年が病で世を去る。
ウィリー・リンカーン、時の大統領エイブラハム・リンカーンの愛息だった。
リンカーン大統領は激しく嘆き、息子の遺体が安置された納骨所で長い時を過ごしたという。
戦争の最高司令官である彼が、愛する肉親を失ったとき、その胸に去来していたものは何か。
これは、リンカーンが息子の死を悼み納骨堂に籠ったというささやかな実話を元に、彼の内面に分け入ろうとするフィクションである。

構成はなかなかユニークで、当時の証言記録をつぎはぎにした「史実」部分、それから亡くなったウィリーが出会う幽霊たちのおしゃべりが綴られる「亡霊」部分に分けられる。
「史実」部分では、著者は多くの史料に当たったようである。何冊かの史料から数行ずつ引用しながら、リンカーンの哀しみを立体的に描き出していく。但し、この史実部分にも著者の創作は含まれているようである。
「亡霊」部分では、この世に未練を残し、それゆえあわいに残り続けている多くの亡霊たちが賑やかに語りだす。原題は"Lincoln in the Bardo"だが、Bardoとはチベット仏教に由来する言葉だそうで、死と再生の間に霊魂が済む世界(=中有)を指す。自らの生前の思い出や後悔など、こちらの語りも数行のものが大部分だが、彼らは相当おしゃべりで、その語りが数ページにわたることもある。
短い個々の事実やセリフがパッチワークのようにつなぎ合わされて、1つの世界を造り出すという特異な形式である。

ウィリーは無垢で愛すべき少年だったようで、リンカーンの嘆きは実際に非常に深かったようだ。
身も世もなく嘆き悲しみ、ついには遺体を棺桶から抱き上げてしまう。
それを見ていた亡霊たちは驚いた。何せ、彼らにはそんな風に嘆いてくれる人はいなかったのだ(いたのであれば霊魂として宙ぶらりんな場所にいつまでも留まってはいないはずなのだ)。そしてウィリーと父のリンカーンに興味を持ち、ウィリーに話しかけたり、リンカーンの中に「入りこもう」としたりする。亡霊となった彼らは普通のやり方では生者と会話することはできないのだが、どうやら体に入り込むことで、ある程度相手の考えていることがわかるようなのだ。
世の中に思い残すことの多かった彼らは、あるいはたくさんの目と鼻と手を持ち、あるいは素裸で局部が異常に大きく、あるいは牧師なのに最後の審判を非常に恐れていたり、心身ともにアンバランスである。生前の哀しみや苦しみを忘れることができないでいる。
彼らが「ここ」に留まっていることに関しては1つ秘密があるようで、物語が進むにつれて、その謎も徐々に明らかになっていく。

饒舌に語られる亡霊たちの生前の姿は当時の世相を描き出す。
一方、背が高く無骨であったらしいリンカーンの不器用な嘆きの手触りが感じられるのも、著者の手法が功を奏しているところだろう。

ウィリーは確かに愛すべき子どもだったのだろう。しかし、当時、同時に戦争で数多くの人が死んでいた。自らにとっては太陽であるような1つの小さな命の終わり。その死に打ちのめされたことが、他の多くの死にも思いを馳せることになっただろうか。

亡霊たちの語りの中に浮かび上がる歴史の群像。なかなか意欲的な1作である。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1831 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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