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ときのき
レビュアー:
わたしたちがなくしたものは
 アルゼンチンの女性作家による短編集だ。
 ホラー・幻想小説のテイストが強い作品が揃っているが、どれも現代アルゼンチン社会とその政治的な状況がどっしりと背後にそびえていて、いかにもな社会風刺こそないものの、現実から離れて幻想と戯れるような高踏的な態度はとらない。想像力と社会性の濃密なからみあいが特徴だ。(日本の“ヒキコモリ”が状況の説明として引用されたりもする)
 私が好きなのは『汚い子』『アデーラの家』『緑 赤 オレンジ』『隣の中庭』『学年末』など、どちらかといえばホラー・幻想味が強めな作品だ。
 以下、幾つかの作品についてあらすじを。
 
『汚い子』
 今は半スラム化したかつての高級住宅街で、亡くなった祖父母の家に住む女性。向かいの家には薬物中毒の母親と、その子供が住んでいた。子供はネグレクト状態でまったく身なりをかまわれておらず、いつも薄汚れた格好で物乞いのようなことをしていた。彼女は訪ねてきた子供を助けるが、逆上した母親に襲われ、もう関わらないと決める。だが、近所で誰ともわからない少年の無残な死体が発見され……

『アデーラの家』
 語り手の“わたし”は、兄のパブロや片腕に障碍をもった友人のアデーラといつも一緒に遊んでいた、少女時代を回想する。三人の関係が終わりを迎えることになったあの事件、近所にあった廃屋への侵入を。

『緑 赤 オレンジ』
 二年前から自室にひきこもってしまった恋人と、チャットごしにやりとりする“わたし”。彼は殺人や麻薬の売買がはびこるディープ・ウエブの噂話に熱中している。“わたし”は彼の母親に様子を知らせながら、過去を思い出す。
 
 著者が影響を受けた作品として挙げているのが、スティーヴン・キング、フォークナー、コーマック・マッカーシー、エミリー・ブロンテ、そしてボルヘスやプイグのそれであるところからなんとはなく作風が想像できるかもしれない。物語はリアリズムの足場から暗い情熱と狂気の世界へと踏み出し、語りに工夫を凝らしつつも技巧だけが浮いた印象はない。一発一発のパンチが的確に読む者の急所を突いてくる。幻想は登場人物のオブセッションを表現するために用いられ、いつの間にか何かに取り憑かれてしまった個人の主観が、じわじわと作中の現実を侵していく。
 怪奇幻想小説ファンから中南米文学ファンまで、幅広い読者の興味に応えられる好短編集だ。
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ときのき
ときのき さん本が好き!1級(書評数:137 件)

海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。

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