かもめ通信さん
レビュアー:
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戦死した親友についてマディが語った言葉を思い出す。彼女の身になにが起こったのか、どこにいるのか生きているのか死んでいるのか、全くわからなかったとしたらその方がずっとつらかっただろうと。
1944年8月、イギリス補助航空部隊の飛行士ローズは、同僚の死に動揺していた。
彼女は18歳、アメリカ人だ。
父親が飛行訓練学校を経営して、12の時から操縦をしていたから、そこらの飛行士より飛行経験は豊富で腕は確かだった。
もちろん志願してイギリスにやってきたのだが、なにもかもが「これほど」だとは思ってもみなかった。
バターも睡眠も足りない欠乏状態も、飛行爆弾に対する恐怖も、年中誰かの母親か兄弟か友だちが亡くなっていくことも。
決して想像力が足りなかったわけではない。
彼女は詩作にふけり、物語を紡いだし、後にそれは彼女の命綱にもなったのだから。
けれども現実は想像を遙かに超えていたのだった。
例えば彼女はドイツ製の爆弾が、強制収容所で組み立てられていることなど想像したこともなかったし、ポーランド人の囚人たちが強制収容所で「医療実験」の被験者にされているという話を聞いても、全く信じられず、イギリス側のプロパガンダだと思い込んだ。
けれども、戦闘機の輸送中にドイツ軍に捕まり、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られたローズが目にし体験したあれこれは、ほんの数週間前に全く信じられなかった話よりももっと過酷で悲惨なものだったのだ。
翻訳家の吉澤康子さんが 『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編を手がけていると聞いたときから待ち焦がれていた本だ。
だが正直に言えば不安がなかったわけではない。
出版社の宣伝文句には
なんといっても『コードネーム・ヴェリティ』はちょっとやそっとでは忘れられない圧巻の展開だったから、あれを超えるのは容易なことではないはずだし、こうした宣伝方法によって、読み手の期待値が高くなりすぎてしまう危険もある。
案の定、はじめのうちは、ローズと同じ補助航空部隊に所属する母や姉が強制収容所にいるというポーランド人のフェリシタや、この戦争で親友を失ったマディ(そうあのマディだ!)に比べ、“無邪気なアメリカ人の女子学生”ローズに苛つかずにはいられなかった。
にもかかわらずページをめくるうちにローズのその“無邪気”さが愛おしくてたまらなくなっていく。
人は誰も“あの頃”に戻ることはできないものではあるけれど、できることならページをめくり直すように、操縦桿を握って真っ青な空を飛んでいたあの頃にローズを引き戻してあげたくなる。
けれども戦争がなかったことにできないように、起こってしまった出来事は取り消せないし、知ってしまった事実は消しようがない。
ポーランド人の少女ローザがいう。
彼女たちになにがあったのか。
伝えなければならない。
彼女たちの身を案ずる人たちのためにも。
彼女たちをそんな目に遭わせた人たちを告発するためにも。
彼女たちが確かに存在していたことを忘れないためにも。
そしてまた二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。
いくつかの史実を基にはしているが、この物語はフィクションだ。
そうとわかってはいるけれど、本を閉じた後も、物語の中のあの人この人が震える声で、私の心に向かって訴え続けている。
彼女は18歳、アメリカ人だ。
父親が飛行訓練学校を経営して、12の時から操縦をしていたから、そこらの飛行士より飛行経験は豊富で腕は確かだった。
もちろん志願してイギリスにやってきたのだが、なにもかもが「これほど」だとは思ってもみなかった。
バターも睡眠も足りない欠乏状態も、飛行爆弾に対する恐怖も、年中誰かの母親か兄弟か友だちが亡くなっていくことも。
決して想像力が足りなかったわけではない。
彼女は詩作にふけり、物語を紡いだし、後にそれは彼女の命綱にもなったのだから。
けれども現実は想像を遙かに超えていたのだった。
例えば彼女はドイツ製の爆弾が、強制収容所で組み立てられていることなど想像したこともなかったし、ポーランド人の囚人たちが強制収容所で「医療実験」の被験者にされているという話を聞いても、全く信じられず、イギリス側のプロパガンダだと思い込んだ。
けれども、戦闘機の輸送中にドイツ軍に捕まり、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られたローズが目にし体験したあれこれは、ほんの数週間前に全く信じられなかった話よりももっと過酷で悲惨なものだったのだ。
翻訳家の吉澤康子さんが 『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編を手がけていると聞いたときから待ち焦がれていた本だ。
だが正直に言えば不安がなかったわけではない。
出版社の宣伝文句には
『コードネーム・ヴェリティ』を超える傑作!の文字が躍っていたが、そのうたい文句にますます不安を増大させられもした。
なんといっても『コードネーム・ヴェリティ』はちょっとやそっとでは忘れられない圧巻の展開だったから、あれを超えるのは容易なことではないはずだし、こうした宣伝方法によって、読み手の期待値が高くなりすぎてしまう危険もある。
案の定、はじめのうちは、ローズと同じ補助航空部隊に所属する母や姉が強制収容所にいるというポーランド人のフェリシタや、この戦争で親友を失ったマディ(そうあのマディだ!)に比べ、“無邪気なアメリカ人の女子学生”ローズに苛つかずにはいられなかった。
にもかかわらずページをめくるうちにローズのその“無邪気”さが愛おしくてたまらなくなっていく。
人は誰も“あの頃”に戻ることはできないものではあるけれど、できることならページをめくり直すように、操縦桿を握って真っ青な空を飛んでいたあの頃にローズを引き戻してあげたくなる。
けれども戦争がなかったことにできないように、起こってしまった出来事は取り消せないし、知ってしまった事実は消しようがない。
あたしたちの名前を覚えて
ポーランド人の少女ローザがいう。
「あたしたち全員の名前。全部よ。ウサギたち全部の名前を覚えて。そうすれば、ここから出たとき、みんなにあたしたちのことを話せるでしょ。ローズは所属してた空軍へ戻るかもしれないし、赤十字が解放しにくるかもしれない。だけど、それはあたしたちの身にはけっして起こらない。だって、あたしたちは全員、死刑宣告されてるから。特別移送者ってこと。だから、この戦争を生き抜いたら、あんたはみんなにあたしたちの名前、あたしたちのフルネームを伝えなくちゃならない。そのとき生き残っていようと死んでいようと、合わせて七十四人全員の分を」
彼女たちになにがあったのか。
伝えなければならない。
彼女たちの身を案ずる人たちのためにも。
彼女たちをそんな目に遭わせた人たちを告発するためにも。
彼女たちが確かに存在していたことを忘れないためにも。
そしてまた二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。
いくつかの史実を基にはしているが、この物語はフィクションだ。
そうとわかってはいるけれど、本を閉じた後も、物語の中のあの人この人が震える声で、私の心に向かって訴え続けている。
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本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
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この書評へのコメント
- yasuko yoshizawa2018-09-17 09:10
翻訳を担当しました、吉澤康子です。いつも奥深い洞察をありがとうございます。
『ローズ・アンダーファイア』と、『コードネーム・ヴェリティ』、おっしゃる通り、似て非なるものですね。そのため、続編ではなく姉妹編であって、それぞれ性格が異なりますね。
エリザベス・ウェインの次作が今から楽しみです!クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:509
- ISBN:9784488252052
- 発売日:2018年08月30日
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