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紅い芥子粒
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無菌地帯といわれる極寒の南極大陸で、一万人の男と16人の女が、パンデミックから生き残った。
いま世界中で感染が拡大している新型のウィルスは、じつは、某大国の生物科学兵器が研究所から漏れ出したものだーーそんなうわさが、ネット上でささやかれていた時期があった。
いまでも、そういう記事を、ときどき見かける。そんな話を、信じるわけではないが、そういうこともあるかもしれない、とは思う。
じっさい、つぎつぎと上がってくるニュースの見出しをスマホで見ていると、この新型のウィルスのせいで、世界は終わってしまうんじゃないかという気さえしてくる。

「復活の日」は、まさにそういう物語だ。
1964年に書かれた、1973年の世界滅亡の物語。
米ソの対立で世界が二分されていた時代だ。
盗まれた生物科学兵器が漏れ出して、感染が始まる。
感染力が強く、潜伏期間が短く、あっというまに重症化し、心臓の突然死に至る。
このおそろしい人工の生物兵器の感染は、冬に始まりまたたくまに世界中に拡大し、孤島やアマゾンの奥地で暮らしていた人たちをも巻き込んで、夏の終わりには人類をほぼ全滅させた。
哺乳類や鳥類も死に絶えた。
ここまでが第一部で物語の七割を占める。

第一部に主人公らしき人物は存在しない。
患者を救うために奮闘する医師も、ウィルスの正体を突き止めようとする研究者も、混乱する社会を何とかしようとする政治家も、生物兵器を疑い取材を進めるジャーナリストも、次から次へと感染し、バタバタと死んでいくから。

第二部は、人類復活への物語だ。
人類は、じつは全滅してはいなかった。
極寒ゆえに無菌地帯といわれる南極で、一万人の調査隊の人たちが生き残っていた。
世界各国から南極に派遣されていた、科学者や技術者と、彼らの日常生活を支える人たち。
生き残った彼らは、アメリカ人でもイギリス人でもロシア人でも日本人でもない、もはや南極人だ。かれらは、人間世界を復活させようと考える。
こんどこそ世界は一つ、平和な世界になるだろうーー読者として胸が熱くなったところに、地震学者の巨大地震の予知。
自動スイッチがオンになったまま、南極に向いている核ミサイルの恐怖……

いちばんぞっとしたのは、南極で生き残ったのが、一万人の男性に対して女性がたった十六人ということだった。
南極人のリーダーたちは、一万人のアダムと十六人のイヴによる繁殖計画なるものを立てる。絶滅しかかっているヒトという種を復活させようとするのだから、それは当然のことかもしれない。

十六人の女たちは、一万人の男たちの慰安婦となることを承諾し、受胎装置と化したのだ。男たちはくじ引きで、女のところに順番にやってくる。
生まれた子は、一万人の父の子として大切に育てられる。
優秀な人たちの遺伝子を受け継ぐのだから、優秀な子が生まれるにちがいない。
教育さえきちんと授けられれば、その子たちは、きっと平和で豊かな世界を創造してくれるだろう――

しかし、わたしは、十六人の女の身になって考える。
理性で承諾しても、こんなに残酷で悪趣味な計画を、心から受け入れられるわけがない。
いっそ人類なんか絶滅してしまえと、生き残った自分を呪うだろう。


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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. ゆうちゃん2020-04-08 18:49

    僕は原作を読んでいませんが、角川映画をテレビで見ました。
    盛んに宣伝されていたのでそこが印象深いのですが、核の発射阻止のためにワシントンに向かい、そこから南下してチリの南端に達する男の話しか頭に残っていません。映画の方もご紹介頂いた筋に忠実なようですが、どうもかなり記憶に欠落があるようです。
    この作品も、現在の世情から、かなり注目されているようですね。

  2. 紅い芥子粒2020-04-08 22:05

    ゆうちゃんさん、コメントありがとうございます。わたしも、髭茫々の草刈正雄を覚えています。小説では、とにかく人がバタバタ死んでいくので、ちょっとうんざりしました。いま読むと、何かの予言書みたいですよ。

  3. No Image

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