
対して、
静かなる破滅。見えない恐怖。
それは、人類の愚かさの果てか。
インフルエンザ流行の時期に読むと、さらに背筋がゾクゾクとするものを感じる。
手にしたのは四度目。
最初は映画化された高校生の頃だった。震災後の今では『日本沈没』の描く恐ろしさも身に迫る思いがするが、以前はこちらの方がずっと恐怖を感じたものだ。
身近ではあるが防ぐのが難しい災厄。
じわじわと、確実に広がる恐怖。
四度目ともなれば、もちろん記憶力の悪い私でも、ストーリーは頭に入っている。そのような状況で読むと事態の進展は、虫の這うかのようで、もどかしさも覚える。
書かれた時代のせいなのか、あるいは小松の手法なのか。しかし、くどいと言っていいほどの描写や、世界各地の人類の反応を読むうちに、作者の描こうとした主題がそこに隠れているような気がしてくる。
それは人類の愚かさだろうか。
人類は賢い。しかし、一人一人は賢くとも、何か突拍子もない愚かなことをしでかしてしまう。一つ一つの「正しさ」の足し算の結果が全体の「正しさ」とはならず、何故か「愚かな」結末を生んでしまう。
終末を描くSFでは、もはや飽きるほど語られた文脈ではあるが、ここには原初の響きを感じる。
『日本沈没』では、日本人のすがるべき故郷を消失させることで日本人を描こうとしていた。本書では人類全体を抹殺ギリギリの状況に置くことで、人類の姿をあぶり出す意図だろうか。
人類の愚かさを象徴し、かつこの作品を動かす大きな要因として描かれるのが、アメリカの全自動報復装置の作動スイッチを入れる場面だろう。
愚かな妄想に取りつかれた行為。死に際しながらも遂げようとする狂気にも似た執念。愚かではあり、許せない行為とは思うが、読み返すとこの軍人的行為がとても人間らしくも思える。
この軍人と対をなすように描かれる学者もまた印象的だ。
文明史を専門とする学者が行う最後のラジオ講座。誰かが聞いているのか、そんな淡い期待とは別に、知識人として、学者として人類の歴史の歯車が悪しき方向へ転がろうとしていることを止めようと努力せず、のうのうと暮らしていたことへの後悔を、命が消え入るまで語り続ける。
人類は賢い。しかし愚かでもある。
文明や科学を進歩させる賢さを持ちながら、時にそれを愚かな方法で使ってしまう。
それを防ぐために、科学には思想が、哲学が必要となる。
あるいは、哲学者はあえてブレーキとなるために声を大にする必要がある。
この冬は各大学の学部構成を見る機会が多いのだが、人間を学ぶはずの人文系であっても、哲学の文字が見当たらず寒々しい想いを抱いた。
福祉、情報、経済、地域社会、等々。それぞれは現代に日本にとって大事な学問ではあるが、すぐに役立つための学問ばかりではいけないのではないか。本作品を読みつつ、そんなことも考えてしまう。
地球の誕生から、生命の発生。その興亡。
人類の歴史を近視眼的に振り返るのではなく、大局的に、つき離して見ることで種の絶滅という、当事者にすれば一大事であることも、地球にとってはありふれたことであることを突きつける。
光瀬の『百億の昼と千億の夜』を彷彿とさせる数頁。
人類の進歩に対する疑念、驕りへの不信。
そういう時代だったのか。
【読了日2019年12月16日】
◆小松左京の作品
日本沈没 上
日本沈没 下
◆角川映画
1976年 犬神家の一族
1977年 人間の証明
1978年 野性の証明
1979年 悪魔が来りて笛を吹く
1979年 白昼の死角
1979年 蘇える金狼
1980年 復活の日
1980年 野獣死すべし
1981年 ねらわれた学園
1981年 悪霊島 上
悪霊島 下
1981年 セーラー服と機関銃
1982年 汚れた英雄
1983年 幻魔大戦
1983年 時をかける少女
1983年 新・里見八犬伝 上
新・里見八犬伝 下
1984年 Wの悲劇
1986年 彼のオートバイ、彼女の島





文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。
2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。
プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。
この書評へのコメント
- oldman2019-12-17 10:16
この話は人類が開発した病原菌がきっかけになりますが、今現在環境問題で世界は同様の危機に曝されています。
愚かにして現在の繁栄しか考えない世界の指導者たちは、「後は野となれ、山となれ」という精神で政策を推し進め、それを次世代の若者の一部が必死になって止めようとしています。今個人の繁栄のために使われている資金を、環境問題に投じれば、愚かだけれど叡知を持った人類はこの問題を解決できるはずです。
小松先生がお元気だった頃には考えられない問題が山積しています。今の世界を見て先生はどう思われるのでしょう?クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - マーブル2019-12-17 22:48
>oldmanさん
小松氏のお人柄に詳しくはないので、どのような想いを抱くのか想像するしかありませんが、作品から推し量るにこの愚かさには怒りを覚えるような気がします。
ことに、科学には造詣が深かったとお聞きしていますので、学者的愚かさについてはまだしも、その科学の成果を利得のためにだけ利用しようとすることは許せない、そんなイメージです。
同時に、地球規模から見ればひとつの種に過ぎない一生物として、滅びるならそれも仕方なし、と達観しているようにも見えます。環境問題についてはどのようにお考えになるのか。環境を人類のエゴで破壊するのはもちろんいけないとしても「地球のため」などと言うのは傲慢なような。自分たちが生き残るための環境を維持するのだ、と自覚した方がよい気がします。
小松氏のことと言うよりだいぶ私見となってしまいました。
再読してやはりすごい作家だったと再認識し、少しずつ買いそろえております。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
2019-12-19 19:58(コメントは消去されました。)
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。- Tetsu Okamoto2019-12-22 17:35
MM88は当時の表現では細菌兵器になっていますが、現在の概念では細菌でもなくウィルスでもない、ブリオンでもない、というものになっています。このへんは小松左京全集の対談のなかでふれていた記憶があります。アマチュア無線関連は当時はフレインがいなかったのか、映画のほうがリアリティがあります。8J1RLはいまも電波をだしています。
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- 出版社:KADOKAWA
- ページ数:464
- ISBN:9784041065815
- 発売日:2018年08月24日
- 価格:821円
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