ぽんきちさん
レビュアー:
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いたたたた。昆虫毒の秘密に体当たりで迫る
サシハリアリにスズメバチ、アシナガバチにヒアリ。
刺すアリやハチは数々あるが、できたら刺されたくないと思うのが普通の反応だろう。
ところが著者、ジャスティン・シュミットは違う。
昆虫毒を専門とする生物学者である彼は、さまざまな毒針昆虫に自ら刺され、痛みを数値化したシュミット指数なるものを作り上げた。その功績で2015年にイグ・ノーベル賞を受賞している。
その「成果」は、巻末付録としてついている、毒針昆虫に刺されたときの痛さ一覧表にまとめられている。
数値スケールで1~4まで。種の名称と分布域、刺されたときの感じも記載される。
「目がくらむほどの強烈な痛み。かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような。」(サシハリアリ、痛みレベル4)「ハッと目が覚める感じ。強烈に苦いコーヒーを飲んだときのような。」(インディアン・ジャンピングアント、痛みレベル1)といったストレートなものもあれば「ピュアな痛みに、やがて雑味がまじり、ついには肉をむしばむような痛みに代わる。まるで恋愛、結婚につづく泥沼離婚劇みたいだ。」(アーティスティック・ワスプ、痛みレベル3)「神々が地上に放った稲妻の矢・海神ポセイドンの三叉槍が胸に打ち込まれたような。」(ジャイアント・ペーパーワスプ、痛みレベル3)といった、わかったようなわからないような譬えもある。
さながら痛みのソムリエ的だが、果たして彼の評価が正しいかどうか、検証する気も失せるような、「痛い」表現のオンパレードである。
これだけだと、ちょっと変わった人というところだが、本文のおもしろさはオタク的物珍しさに留まらない。
なるほど科学者、考察も深い。
刺すアリ・ハチには毒があるわけだが、痛みの毒と致死性の毒は違うものであったりする。天敵に痛さを思い知らせて、次に狙われないようにするのが目的である場合もあれば、実際に殺してしまうことが目的であることもある。獲物として、幼虫に与えることが目的であれば、麻痺させる(しかし、「餌」の鮮度を保つために殺さない)ことに特化した毒もある。
昆虫の毒は、それぞれのニーズに合わせて進化してきた経緯を持ち、なかなかに複雑な歴史を背負っている。成分も単純なものではなく、さまざまな種の毒が「ブレンド」されている。
毒成分の細かな研究も興味深いところだ。
今までに最も詳しく研究されているのはミツバチの毒である。ミツバチ毒に含まれるメリチンというペプチドは、赤血球を破棄する能力を持つとともに、発痛作用や心筋を直接攻撃する作用を持つ。やはりミツバチ毒に含まれるホスホリパーゼA2は細胞膜を構成するリン脂質を破壊し、これが二次的にさまざまな反応を引き起こして弱い痛みを生じる。
ミツバチ毒には、ヘビ毒などと異なり、有効な抗毒素がないが、これはおそらく主成分であるメリチンが抗体のできにくい小分子ペプチドであることが理由であると考えられる。
驚くことに、ヒトがハチなどに刺されて死ぬ場合、その原因は毒素の毒性というよりも、アレルギーによることが多いのだという。ヒトの大きさだと、昆虫毒だけで死に至るには相当の量が必要であるようだ。
口絵写真にはさまざまな毒針昆虫の写真も収められている。著者が途方もない数のミツバチに囲まれている写真も必見。
読みながら「いたたたたた(><)」となりつつも、なかなかに奥深い昆虫毒の世界を垣間見られて楽しい。
刺すアリやハチは数々あるが、できたら刺されたくないと思うのが普通の反応だろう。
ところが著者、ジャスティン・シュミットは違う。
昆虫毒を専門とする生物学者である彼は、さまざまな毒針昆虫に自ら刺され、痛みを数値化したシュミット指数なるものを作り上げた。その功績で2015年にイグ・ノーベル賞を受賞している。
その「成果」は、巻末付録としてついている、毒針昆虫に刺されたときの痛さ一覧表にまとめられている。
数値スケールで1~4まで。種の名称と分布域、刺されたときの感じも記載される。
「目がくらむほどの強烈な痛み。かかとに三寸釘が刺さったまま、燃え盛る炭の上を歩いているような。」(サシハリアリ、痛みレベル4)「ハッと目が覚める感じ。強烈に苦いコーヒーを飲んだときのような。」(インディアン・ジャンピングアント、痛みレベル1)といったストレートなものもあれば「ピュアな痛みに、やがて雑味がまじり、ついには肉をむしばむような痛みに代わる。まるで恋愛、結婚につづく泥沼離婚劇みたいだ。」(アーティスティック・ワスプ、痛みレベル3)「神々が地上に放った稲妻の矢・海神ポセイドンの三叉槍が胸に打ち込まれたような。」(ジャイアント・ペーパーワスプ、痛みレベル3)といった、わかったようなわからないような譬えもある。
さながら痛みのソムリエ的だが、果たして彼の評価が正しいかどうか、検証する気も失せるような、「痛い」表現のオンパレードである。
これだけだと、ちょっと変わった人というところだが、本文のおもしろさはオタク的物珍しさに留まらない。
なるほど科学者、考察も深い。
刺すアリ・ハチには毒があるわけだが、痛みの毒と致死性の毒は違うものであったりする。天敵に痛さを思い知らせて、次に狙われないようにするのが目的である場合もあれば、実際に殺してしまうことが目的であることもある。獲物として、幼虫に与えることが目的であれば、麻痺させる(しかし、「餌」の鮮度を保つために殺さない)ことに特化した毒もある。
昆虫の毒は、それぞれのニーズに合わせて進化してきた経緯を持ち、なかなかに複雑な歴史を背負っている。成分も単純なものではなく、さまざまな種の毒が「ブレンド」されている。
毒成分の細かな研究も興味深いところだ。
今までに最も詳しく研究されているのはミツバチの毒である。ミツバチ毒に含まれるメリチンというペプチドは、赤血球を破棄する能力を持つとともに、発痛作用や心筋を直接攻撃する作用を持つ。やはりミツバチ毒に含まれるホスホリパーゼA2は細胞膜を構成するリン脂質を破壊し、これが二次的にさまざまな反応を引き起こして弱い痛みを生じる。
ミツバチ毒には、ヘビ毒などと異なり、有効な抗毒素がないが、これはおそらく主成分であるメリチンが抗体のできにくい小分子ペプチドであることが理由であると考えられる。
驚くことに、ヒトがハチなどに刺されて死ぬ場合、その原因は毒素の毒性というよりも、アレルギーによることが多いのだという。ヒトの大きさだと、昆虫毒だけで死に至るには相当の量が必要であるようだ。
口絵写真にはさまざまな毒針昆虫の写真も収められている。著者が途方もない数のミツバチに囲まれている写真も必見。
読みながら「いたたたたた(><)」となりつつも、なかなかに奥深い昆虫毒の世界を垣間見られて楽しい。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)、ひよこ(ニワトリ化しつつある)4匹を飼っています。
*能はまったくの素人なのですが、「対訳でたのしむ」シリーズ(檜書店)で主な演目について学習してきました。既刊分は終了したので、続巻が出たらまた読もうと思います。それとは別に、もう少し能関連の本も読んでみたいと思っています。
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- 出版社:白揚社
- ページ数:366
- ISBN:9784826902021
- 発売日:2018年06月07日
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