darklyさん
レビュアー:
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作品はとても素晴らしい。それは間違いないけれども本書のテーマがいつまでも、情けないことに今現在でも問われている。
本書は短編集のような形を取っていますが、章ごとに名前をつけているだけで実質は一つの話です。しかし、人称や語り口の印象はそれぞれかなり違っています。そしてその構成が太平洋戦争時の日系人の置かれた境遇を総体的に浮かび上がらせる効果を作りだしています。
物語はアメリカへ移住し社会に溶け込んでいた日系人の家族が、太平洋戦争勃発後、アメリカ政府の愚かな政策により収容所に送られることが決定したところから始まる。収容されることを知った母親は収容の準備をし、母親と二人の子供はユタの収容所に送られる。父親は既に逮捕されている。収容所は何もない砂漠の荒れた地であり、夏は灼熱地獄、寒風吹きすさぶ中、回転草が転がる冬は零下30度近くまで気温が下がる。
三年数か月の収容生活を経て親子三人自宅に帰るが、自宅は荒らされ、地域の人々からの中傷、偏見の中ひっそりと生活をすることを余儀なくされる。戦時転住局からわずかな補償金しかもらえず、まともな職も得られない中、経済的にも困窮する。待ち焦がれた父親がようやく帰ってくるが既に以前のような溌剌とした父親ではなかった。
特に印象深かったのが最初の話「強制退去命令十九号」です。登場人物の心理描写がほとんどなく事実や行動だけが淡々と語られます。
図書館へ本を返しに行く途中、母親は収容命令の掲示板を見る。そのまま踵を返して準備を始める。九日後に図書館から延滞通知が届いたとき、まだ荷造りができていない。母親の受けた衝撃と混乱をとてもよく表現していると思います。
母親がランディーの店へ買い物に行く。日系人の収容所行きを知っているランディーは収容のことは何も話さないが、支払いは後でいいと言ったり、子供にとキャラメルをサービスしてくれたり。母親はいつも買い物をしている店だが初めてランディーのことをジョーと呼んだ。アメリカ人として地域に溶け込んでいることを再認識した母親の心情が窺えます。
長年一緒に暮らし、足と目が不自由となった忠誠心120%の収容所に連れて行けない老いて食べるのがやっとの老犬を母親はシャベルで殴り殺した後、埋めるまでの作業が淡々と描写される。殺す前にボウルにおにぎりを二個入れ、卵をかけ、前の晩に焼いた鮭を少し加えたものを与える。一切感情を表現しない文章に母親の犬への愛情と張り裂けそうな心が垣間見え、読んでいて涙が滲むと同時に収容という冷徹な事実の大きさを窺わせます。
大人も過酷な取り調べを受けたことは最終話「告白」でわかります。もちろん痛ましいことですが、それにもまして子供たちの心情を思うと心が痛みます。収容所から自分の住んでいた街に帰り、学校の友達との再会やふれあいを楽しみにしていたところ全く雰囲気が違う。なぜなのか理解できないまま、社会や学校で悪意にさらされ、次第に心を閉ざし、とにかく目立たないようにすることを覚える。体は住み慣れた街にあっても心は未だ収容所にいるのと同じです。幼い心が感じる寂寥感はいかほどだったでしょう。
「天皇が神だったころ」とはアメリカから見て日本は天皇という神を信じる狂信者の集団だと思われていた頃ですが、この物語が書かれた後にも9.11後のイスラムへの偏見や差別、昨今の大統領の政策などもあり、本書が再注目されたのは皮肉なことです。しかし、アメリカのことだけではありません。現在、徴用工の問題で日韓関係もおかしくなっています。これはあくまで国と国との政治的な懸案事項であり、一人一人の日本人や韓国人の問題ではありません。日本がどうだとか、韓国はどうだとか不毛な議論をマスコミが煽るのはうんざりです。今日本には多くの韓国人の方が旅行に来てくれます。在日韓国人の方もいっぱいいらっしゃいます。その方々が日本で嫌な目に遭って日本を嫌いになって欲しくはありません。「さすが日本だ、いつ来ても親切だ」と思われたい。これが誇りというものではないでしょうか。
本書はとても不思議な読後感があります。読んだすぐ後よりも、数日経った後ぐらいにじわじわと胸に迫るものがあります。
不当な仕打ちに耐え、苦労してアメリカ社会に居場所を築いた同胞たちに思いを馳せ、このような愚かなことがない世界が来ることを祈ります。
物語はアメリカへ移住し社会に溶け込んでいた日系人の家族が、太平洋戦争勃発後、アメリカ政府の愚かな政策により収容所に送られることが決定したところから始まる。収容されることを知った母親は収容の準備をし、母親と二人の子供はユタの収容所に送られる。父親は既に逮捕されている。収容所は何もない砂漠の荒れた地であり、夏は灼熱地獄、寒風吹きすさぶ中、回転草が転がる冬は零下30度近くまで気温が下がる。
三年数か月の収容生活を経て親子三人自宅に帰るが、自宅は荒らされ、地域の人々からの中傷、偏見の中ひっそりと生活をすることを余儀なくされる。戦時転住局からわずかな補償金しかもらえず、まともな職も得られない中、経済的にも困窮する。待ち焦がれた父親がようやく帰ってくるが既に以前のような溌剌とした父親ではなかった。
特に印象深かったのが最初の話「強制退去命令十九号」です。登場人物の心理描写がほとんどなく事実や行動だけが淡々と語られます。
図書館へ本を返しに行く途中、母親は収容命令の掲示板を見る。そのまま踵を返して準備を始める。九日後に図書館から延滞通知が届いたとき、まだ荷造りができていない。母親の受けた衝撃と混乱をとてもよく表現していると思います。
母親がランディーの店へ買い物に行く。日系人の収容所行きを知っているランディーは収容のことは何も話さないが、支払いは後でいいと言ったり、子供にとキャラメルをサービスしてくれたり。母親はいつも買い物をしている店だが初めてランディーのことをジョーと呼んだ。アメリカ人として地域に溶け込んでいることを再認識した母親の心情が窺えます。
長年一緒に暮らし、足と目が不自由となった忠誠心120%の収容所に連れて行けない老いて食べるのがやっとの老犬を母親はシャベルで殴り殺した後、埋めるまでの作業が淡々と描写される。殺す前にボウルにおにぎりを二個入れ、卵をかけ、前の晩に焼いた鮭を少し加えたものを与える。一切感情を表現しない文章に母親の犬への愛情と張り裂けそうな心が垣間見え、読んでいて涙が滲むと同時に収容という冷徹な事実の大きさを窺わせます。
大人も過酷な取り調べを受けたことは最終話「告白」でわかります。もちろん痛ましいことですが、それにもまして子供たちの心情を思うと心が痛みます。収容所から自分の住んでいた街に帰り、学校の友達との再会やふれあいを楽しみにしていたところ全く雰囲気が違う。なぜなのか理解できないまま、社会や学校で悪意にさらされ、次第に心を閉ざし、とにかく目立たないようにすることを覚える。体は住み慣れた街にあっても心は未だ収容所にいるのと同じです。幼い心が感じる寂寥感はいかほどだったでしょう。
「天皇が神だったころ」とはアメリカから見て日本は天皇という神を信じる狂信者の集団だと思われていた頃ですが、この物語が書かれた後にも9.11後のイスラムへの偏見や差別、昨今の大統領の政策などもあり、本書が再注目されたのは皮肉なことです。しかし、アメリカのことだけではありません。現在、徴用工の問題で日韓関係もおかしくなっています。これはあくまで国と国との政治的な懸案事項であり、一人一人の日本人や韓国人の問題ではありません。日本がどうだとか、韓国はどうだとか不毛な議論をマスコミが煽るのはうんざりです。今日本には多くの韓国人の方が旅行に来てくれます。在日韓国人の方もいっぱいいらっしゃいます。その方々が日本で嫌な目に遭って日本を嫌いになって欲しくはありません。「さすが日本だ、いつ来ても親切だ」と思われたい。これが誇りというものではないでしょうか。
本書はとても不思議な読後感があります。読んだすぐ後よりも、数日経った後ぐらいにじわじわと胸に迫るものがあります。
不当な仕打ちに耐え、苦労してアメリカ社会に居場所を築いた同胞たちに思いを馳せ、このような愚かなことがない世界が来ることを祈ります。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:フィルムアート社
- ページ数:192
- ISBN:9784845917068
- 発売日:2018年09月25日
- 価格:2484円
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