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Wings to fly
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人生には、抜かなくてもいい染みもある。
中島クリーニング店は、横浜の小さな商店街にある。創業歴こそ50年以上だが、お得意様は近所の住人ばかりというささやかな店だ。店長の中島三十次郎(29歳独身)は先代の次男である。つい先日までサラリーマンだった彼は、海外へ移住した兄に強制的に後を任された。クリーニングの専門知識に疎く、覚える気も薄い三十次郎を溜息と共に支えるのは、ベテラン職人の荷山長門(72歳独身)である。一級染色補正技能士の国家資格を持つ長門の折り目正しき職場環境は、近ごろ微妙に崩れがちだ。

三十次郎曰く、「じゃましない染みは染みじゃない。」
長門曰く、「染みはじゃま、抜くべし。」
本書の中で「染み」という言葉は、心の痛みや後悔の同義語としても使われる。生きて活動しているうちに染みがついてしまうのは、衣服だけではないというわけだ。

三十次郎は、クリーニング店に持ち込まれる衣服を通してお客の人生を垣間見る。「他者の人生のうつろいを、洗濯物を通して知る男」というユニークな設定が、商店街の端っこの小さな店にドラマを呼び寄せる。そして、自分の家族の営みすら他人事のように眺めていた三十次郎は、思いやっても仕方がないことにまで思いを燻らすようになるのである。アイロン技術の向上と共にハートも鍛えられてゆく、青年の成長ぶりが微笑ましく爽やかだ。

渋い魅力で女性にモテモテ、「セ・ボン」が口癖の長門老人は、なぜ独身なのか。染みは絶対許さない信条の裏にある半生の秘密が、クリーニング技術を横浜に広めた実在の人物、ピエール・ドンパルに絡めて描かれる。三十次郎の初恋の続きと共に、サイドストーリーも心に残るものだった。

その事を忘れられないのは、苦しいですか?
でも、忘れられない何かを持たずに生きるのは、寂しくはありませんか?
あなたのその染みは、一生懸命に生きてきた足跡ではないのですか?
本の中には、こんな問いかけがある。

人生には、抜かなくてもいい染みもある。染みひとつない人生なんて、すごく虚ろな生き方の証拠なのかもしれない。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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この書評へのコメント

  1. calmelavie2018-08-23 20:32

    おもわずホロリときてしまいました……。

  2. Wings to fly2018-08-23 21:06

    うわーん♡嬉しいですー♪
    calmelavie さん、ありがとうございます。
    ・°°・(>_<)・°°・。
    お礼に、実際に横浜にある「クリーニング業発祥の地」の石碑をご覧くださいませ。

  3. No Image

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