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Wings to fly
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幼い頃に聴力を失った女性を取り巻く静寂と、戦場にとどろく爆音と叫び声。対極の世界を行き来して描き出される、美しい心の風景。
第一次世界大戦の時代に、カナダで生まれたひとりの女性の半生記である。人の心に存在する美しいものを、静かに、力強く描き上げている。

主人公グローニアは、猩紅熱が原因で5歳の時に聴力を失った。500ページを超える大作の中には、音のない世界が広がってゆく。ボキャブラリーの少ない頃に耳が聞こえなくなると、言葉を話すことも難しくなるそうだ。人の唇を読んでも意味がわからず、自分の声の響きもわからない。グローニアが理解の及ばない現実に興味を失い、自分の殻に閉じこもらずにすんだのは、絵本を教科書にして読み書き発音を辛抱強く教えてくれた祖母のおかげだった。

グローニアの頭の中で「音」と「言葉」が結びついてゆく様子、様々な「音」を周囲の人々と分かち合う時に思うこと。音楽を愛する若い青年と結婚した後半には、夫が送られたフランスの戦場の轟音と、カナダで待つ妻の静寂の世界が交互に語られてゆく。

「泥の中から体の一部が出てくるような場所にいて、どうすれば愛について書けるというのだろう。」
戦場で青年は思う。そして彼は、グローニアがまとう静けさに心の中で手を伸ばす。
ふたりをつなぐのは、いつ切れてもおかしくない細い糸だ。だが、その糸が本当につないでいるものは、ふたりの出会いから別れまでのわずかな、揺るぎない時間の風景なのである。

いつ届くかわからない手紙のやりとりは、嵐の海を照らす燈台の灯りのようだ。ただ「再び会いたい」というささやかな望みが、戦場の轟音と日常の静けさの間で存在感を増してゆく。どんなに悲惨で絶望的な場所にいようと、人間を人間らしくしてくれるのは、とても小さな夢なのだと思う。

ぼくの歌を聴かせられたら、という青年にグローニアは言う。
「言葉で教えて。」「それでもう充分よ。」
夜、互いの腕の中に横たわり、彼女は青年の胸のすぐ下に頭を乗せる。彼が静かに歌いだすと、彼女は歌の生まれる場所を、息の出てくる源を感じとる。言葉は空気の柱となって旋回する。たとえ聞こえなくとも、感じとろうとする心があれば、世界はなんと豊かなのだろう。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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この書評へのコメント

  1. 脳裏雪2018-08-24 20:43

    何処の婆さんも、ほんとうにやさしく辛抱づよいですね、
    そして、なんともスゴくて美しい絆であろうか、

    過日夜明け前、稲妻フラッシュしたが音はとどかなかった、

  2. Wings to fly2018-08-24 21:06

    脳裏雪さん
    そうなんですよ。アイルランドから移民してくる船の上で夫を失った、この婆ちゃんをヒロインに別の大河小説が書けそうです。
    それで「稲妻フラッシュ」って何なのか知らず、返信コメントをできない無知な私をお許しくださいm(__)m

  3. 脳裏雪2018-08-24 21:12

    すいません、独り善がりで、、
    カーテン越しのカミナリだつたのですが、30数えても遠雷は聞こえなかったのでした、

  4. Wings to fly2018-08-24 21:58

    ぎゃー、やだ恥ずかしー(笑) ありがとうございます。
    ちょっと考えればわかるじゃん、自分!
    ヾ(--;)ぉぃぉぃ
    ふーむ、これも音のない世界だ。聞こえない方たちは、あの光をどんな風に受け取るのでしょうね。

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