マーブルさん
レビュアー:
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未完であるということは、読み手の解釈に委ねられる部分が多いということだろう。解釈は百出しているようだが、一筋縄ではいかない。
ある朝起きると、ヨーゼフ・Kは理由も明かされぬまま逮捕される。
だが、逮捕はされたがいつも通り勤めには行ってもいいという。
はじめは軽く考えていたものが、時間が経っても逮捕の理由も、裁判の進展も明らかにされぬ状況に次第に心を奪われ、平常な日々が崩壊していく。
ある朝目が覚めたら虫になっていた『変身』との共通性を否が応でも感じる。突然訪れる理不尽な出来事。それに振り回される人々。
もっとも虫になったザムザと異なり、Kは自ら動き回ることができるわけだが。
ウィトゲンシュタインについての本を読んだときに、自分と他人にある理解し合うことのかなわぬ世界の断絶について、その常識のズレについて突き詰めて小説とした作家としてカフカと安部公房が挙げられていた。
世の中は不条理に満ちている。ままならない事ばかりだ。
一見うまくいっているように見えることも、その真の理由が分かるわけでもない。
Kは能力も高く、職場においては支店長の期待も高い出世頭だ。
下宿でも尊敬され、若者らしく夜の街で遊ぶことも忘れない。
ザムザのようないかにも弱い立場ではない。だからこそ、自らの無罪に自信もあり、自分で対処できると高をくくり、差し伸べられる援助の手を拒絶する。
しかし、世の不条理さは底が知れない。
未完だというこの作品を、その構成やストーリーの細部について語ることは作者にとっても本意ではあるまい。整理しきれていないと思える文章は、全体を通して考えることが難しく、その場その場で刹那的な思いが沸いてくる。
我々は自分の人生を自ら切り開いていると言えるのだろうか。
社会の仕組みとは、本当に納得性のあるものなのだろうか。
自負するほどの能力があったとしても、独りで何ができるのか。
エリートであるKが、次第に仕事が手につかなくなる様子が身につまされる。
集中して話を聞くことができない。相手の言っていることが理解できない。
何もせずに時間だけが無為に過ぎていく。それでいて拭えぬ焦燥感。
周りの者が自分を攻撃しているような気がしてくる被害妄想。
虫になろうがなるまいが、人は見えない存在に振り回される弱き者。
憔悴しきって以前の自信にあふれた態度もまったく見られなくなったKに、僧が語る掟と門番の話は、おそらくはこの小説のメインテーマを示していると思われるのだが、それは一体どういう意味なのか。言うがまま座して時を過ごすのではなく、門番の制止を無視して門をくぐるべきだったのか。
それは人の言うなりになるなということか。社会の掟など無意味だということか。
私の所有する新潮版原田訳は、巻末に付録として本編には組み入れられなかった数編も納められている。完成時にはどのような位置に収まるのか、あるいは削除されるか、それは定かではないがちょっとした疑問も生ずる。
恋人と母親を訪れる場面。本編でも何人もの女性が主人公Kの周りに現れる。その意味は。
反対にそのほとんどが不愉快な関係となる男性登場人物の中で、検事との親密度合が目立つ。間に割って入ろうとする女性を排除してまで描かれる関係にどんな意味があるのか。
いずれ、この作品だけで結論を出せるものでもない。他の作品も精読すべし。
【読了日2022年1月3日】
だが、逮捕はされたがいつも通り勤めには行ってもいいという。
はじめは軽く考えていたものが、時間が経っても逮捕の理由も、裁判の進展も明らかにされぬ状況に次第に心を奪われ、平常な日々が崩壊していく。
ある朝目が覚めたら虫になっていた『変身』との共通性を否が応でも感じる。突然訪れる理不尽な出来事。それに振り回される人々。
もっとも虫になったザムザと異なり、Kは自ら動き回ることができるわけだが。
ウィトゲンシュタインについての本を読んだときに、自分と他人にある理解し合うことのかなわぬ世界の断絶について、その常識のズレについて突き詰めて小説とした作家としてカフカと安部公房が挙げられていた。
世の中は不条理に満ちている。ままならない事ばかりだ。
一見うまくいっているように見えることも、その真の理由が分かるわけでもない。
Kは能力も高く、職場においては支店長の期待も高い出世頭だ。
下宿でも尊敬され、若者らしく夜の街で遊ぶことも忘れない。
ザムザのようないかにも弱い立場ではない。だからこそ、自らの無罪に自信もあり、自分で対処できると高をくくり、差し伸べられる援助の手を拒絶する。
しかし、世の不条理さは底が知れない。
未完だというこの作品を、その構成やストーリーの細部について語ることは作者にとっても本意ではあるまい。整理しきれていないと思える文章は、全体を通して考えることが難しく、その場その場で刹那的な思いが沸いてくる。
我々は自分の人生を自ら切り開いていると言えるのだろうか。
社会の仕組みとは、本当に納得性のあるものなのだろうか。
自負するほどの能力があったとしても、独りで何ができるのか。
エリートであるKが、次第に仕事が手につかなくなる様子が身につまされる。
集中して話を聞くことができない。相手の言っていることが理解できない。
何もせずに時間だけが無為に過ぎていく。それでいて拭えぬ焦燥感。
周りの者が自分を攻撃しているような気がしてくる被害妄想。
虫になろうがなるまいが、人は見えない存在に振り回される弱き者。
憔悴しきって以前の自信にあふれた態度もまったく見られなくなったKに、僧が語る掟と門番の話は、おそらくはこの小説のメインテーマを示していると思われるのだが、それは一体どういう意味なのか。言うがまま座して時を過ごすのではなく、門番の制止を無視して門をくぐるべきだったのか。
それは人の言うなりになるなということか。社会の掟など無意味だということか。
私の所有する新潮版原田訳は、巻末に付録として本編には組み入れられなかった数編も納められている。完成時にはどのような位置に収まるのか、あるいは削除されるか、それは定かではないがちょっとした疑問も生ずる。
恋人と母親を訪れる場面。本編でも何人もの女性が主人公Kの周りに現れる。その意味は。
反対にそのほとんどが不愉快な関係となる男性登場人物の中で、検事との親密度合が目立つ。間に割って入ろうとする女性を排除してまで描かれる関係にどんな意味があるのか。
いずれ、この作品だけで結論を出せるものでもない。他の作品も精読すべし。
【読了日2022年1月3日】
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文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。
2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。
プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:343
- ISBN:9784102071038
- 発売日:1971年07月01日
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