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Wings to fly
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舞台は東西冷戦時代の東ドイツ。人民警察の女性捜査官が、ベルリンの壁の近くで見つかった死体の正体を追う。
裏表紙の紹介文に「社会主義国家での難事件を描き、CWA賞に輝いた歴史ミステリの傑作」とある。ドイツがベルリンの壁を境に東西に分かれていた時代は(私にはついこの間に思えてしまうのだが)、もう「歴史」として語られる出来事になったのか。本書の主役は東ベルリンの女性警察官である。作者はイギリス人だが、1970年代半ば頃の東ドイツで人々がどんな日常を送っていたのか、とてもリアルに描いた作品だ。

ベルリンの壁近くで、顔を傷つけられ歯を抜かれ背中に銃撃を受けた少女の死体が発見された。人民警察殺人捜査班長のカーリン・ミュラー中尉は現場に呼び出され、この少女が誰なのか突き止めるよう国家保安省(通称シュタージ)の中佐から命令された。シュタージが関わる事件を人民警察に任せることは極めて異例で、犯人を突き止めるのではなく被害者を特定せよという命令も何やらおかしい。東ドイツへ逃亡した少女が西側から撃たれたように工作されていたが、背中の銃創は死後のものとわかる。ミュラーは、少女にこんな酷い仕打ちをした犯人を見つけようと密かに思うのであった。

良心ある捜査官ミュラーといえども、聞き込みに行った先で、部下が捜査令状もなしに勝手に引き出しを探して証拠を押さえてしまうことに平然としている。いわゆる「西側」のミステリに親しんできた読者には、東ドイツの社会の異質さが伝わるシーンだった。

「この労働者と農民の社会主義国家では、すべてが平等ではないが、壁の向こうの世界よりは公平な社会だ」と思っているミュラーだが、シュタージの命令に逆らおうとしたらすぐに、危険にさらされるのだ。死体発見の9か月前に青少年労働施設(未成年の思想犯収容所)で進行中の出来事と、ミュラーたちの捜査が交互に描かれ、やがてふたりの女性が出会う時に事件はクライマックスを迎える。

自由や人権が国家への義務より下に位置していた東ドイツ。国家への義務の正体とは、結局は権力者の安全を守るためのものだった。それならば、役人による公文書の改ざんが罪にも問われないこの国だって、似たようなものじゃないかとゾッとさせられたのであった。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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