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かもめ通信
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現代シリア文学を代表する作家による59もの掌編からなる『酸っぱいブドウ』と中篇『はりねずみ』を同時収録。巻末の翻訳者によるあとがきも読み応えがあり。
『酸っぱいブドウ』と聞けば、まず思い出すのはイソップの寓話。
木に実ったおいしそうなブドウをみつけたキツネだが、ブドウは高い所になっていて、何度跳んでも届かない。キツネは怒りと悔しさで「どうせこのブドウは、酸っぱくてまずいに決まっているさ」と、都合の良いように理由づけして悔しさをまぎらわす……というあれだ。

欲しくてたまらないものが、努力しても到底手が届かないと知ったとき、人はその対象を「価値の無いもの」「自分にふさわしくないもの」と見なして自らの心を納得させ、心の平安を得ようとするものだというのだが……。

 街区の中でもクワイク地区は、さらに金が入るとなれば自分の母親でも殺す金持ち連中でよく知られていた。カフェにたむろしたり、水タバコをふかしたり、よその街区を襲ったり、窓ガラスを見ればもれなく石を投げて割ったりするガキどもでも悪評が高かった。行商人は彼らの街区に立ち入るような危険を冒しはしない。出てくるときには、売れ残った野菜を連れのロバではなく自分で背負う羽目になるからだ。もしガキどもが汚い罵り言葉を覚えるみたいに学校教育を身につけていたら、世界一優秀な生徒となったことだろう。クワイク街区は血で血を洗う抗争もムショ入りも大歓迎の荒くれ男どもでも有名だった。

この本の『酸っぱいブドウ』は、そんなクワイク街区を舞台に語られた59もの掌編からなる作品だ。

次々と語られる物語は、その寓話性からもロシアの小話を思い起こさせるが、ロシアのそれよりもより暴力的な意味で血生臭く、性的な意味で生臭い。

実際には味見していないブドウが本当に酸っぱいのかどうか、キツネの言い分をそのまま鵜呑みにできないのと同様に、物語も書かれていることだけをそのまま受け取るわけにもいかず、この話の裏にはどんな寓意が隠されているのかとあれこれ考えずにはいられない。

もう一つの収録作品は中篇小説『はりねずみ』。
主人公の「僕」は六歳の男の子だ。
両親と兄と暮らす「僕」が、大人を質問攻めにしたり、へりくつをこねたりする様子はコミカルではあるが、背景にある日々の営みはどこか殺伐としていて、少年が抱えるさみしさと物語全体に漂う郷愁が心にしみる良作だ。


アラビア語から直訳した現代シリア文学という意味でも意欲的な本だと思うが、あるいはもしかすると順番にページを追っていったが読みづらさを感じて途中で挫折してしまった……という読者もおられるかもしれない。

そんな時はぜひ“酸っぱさ”を口実にして『酸っぱいブドウ』は後回しにし、まずは『はりねずみ』を読んでみることをお薦めしたい。

そしてまたアラビア語からの翻訳の苦労の一端を垣間見ることが出来る巻末の訳者によるあとがきもくれぐれも読み逃しなく。
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2234 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2019-07-12 05:43

    祝 #白水社 #エクスリブリス #創刊10周年 記念読書会 
    のんびりゆったり開催中。
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no358/index.html?latest=20
    皆様ぜひ遊びいらしてください。

    またタカラ~ムさんが作品リストを作ってくださいましたので、投稿をお考えの方はもちろん、これからなにか読んでみようかとお考えの方もぜひ参考にしてみてください。
    https://docs.google.com/spreadsheets/d/e/2PACX-1vSBofdZEoJcJGkYQAt4xwqcZTJqasKswo70KUboT1QSvs40gfQWNv5ZekMVMPxZHI8v4l95KsGJpR67/pubhtml

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