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Yasuhiroさん
Yasuhiro
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佐藤亜紀流ポリティカル・フィクションだが、日本に舞台を移しただけに文章は高村薫、アイデアと情報は村上龍、的な既視感を感じる。それでも終章の佐藤亜紀流美学には脱帽。
  佐藤亜紀を読むシリーズ、今回は衝撃のデビュー作「バルタザールの遍歴」に次ぐ第二作、「戦争の法」です。


  第一作は彼女の得意な欧州~北アフリカにかけての物語でしたが、本作は日本に戻り、日本海側の某県を舞台にしています。
  時代は米ソ冷戦時代の1975年、日本のN****県がソ連の後押しで分離独立し、そのゴタゴタやロシア人の侵攻、ゲリラ部隊の戦闘など、いきなり非現実が現実となってしまった地域紛争の真っただ中に放り込まれ、少年ゲリラとなった「私」の回顧録となっています。

  デビュー作同様の博覧強記を以て展開される衒学的な文章と、あいかわらずのシニシズム、スノビズム、そして悪夢を悪夢だけで済ませず理詰めで物語を展開していく筆力。さすが佐藤亜紀と唸らせます。

  ただ、それと話の面白さは別。こういうポリティカル・フィクションで日本を舞台にしたものは今までに山ほど読んできたわけで、既視感を伴った退屈さが今回はありました。

  ぱっと思いつくだけでも、文章のスーパーリアリズムやBL風味は高村薫、アイデアや特に軍事関係の情報は村上龍、など超強力な先達がいるわけで、そんな中で彼女独自の個性を見せつける、というのはさすがに日本を舞台にしている限りは難しい。


  ただ、そんな中でも登場人物をきっちりと描き分けているところは立派。中性的な魅力を持ちながらゴルゴ13並みの射撃能力を持つ友千秋、一筋縄ではいかない偏屈な男乍らクラシック音楽や文学書籍にやたら詳しい伍長とその恋人、簡単に子供家族を捨てて闇屋となり一財産築く主人公の、紡績工場だった自宅でロシア人相手の売春宿を始めるなど、デモニッシュ、グロテスク、何とも言いようのない切なささえ感じる人物のオンパレード。

  特に千秋と主人公の関係は、高村薫的同性愛の雰囲気をそこはかとなく感じます。スナイパーという点では李歐をちょっと髣髴とさせますね。李歐よりはもっと大人しいですが芯は強く、最後は主人公と別れて再び(もう殆ど意味のない)戦闘に参加、行方不明のままとなります。

  一方ゲリラ戦中に罠にはまって跛(びっこ)になり、戦争が終わってからは収容所暮らしで痛めつけられ、心理カウンセリングで追い詰められながらも自我崩壊しなかった「私」は、父の財産を少しばかり(一億ほど)貰ってやって、最後は欧州を放浪します。



  さて、そこからがちょっと不思議。シュールな雰囲気が漂います。


  佐藤亜紀が最も得意とする街Viennaで「私」が偶然出会ったのが鷹取嬢。彼女は戦争前は名家の箱入り娘だったのですが、突然の社会主義体制への変化で環境が激変、学校で壮絶ないじめにあい、最後は突き落とされてラッセル車に腕と脚が巻き込まれ瀕死の重傷を負ったはずでした。


  しかし、「私」が出会った鷹取嬢は普通に歩いており、初めて彼女と一緒に寝た時、腕と脚は完璧で傷一つありませんでした。

  それを見た時「私」は千秋が死んだ、と実感します。この切なさを描くためにわざわざこれだけの架空世界をでっち上げたのか、と思わせるほど印象的なシーンです。

 千秋の白い顔と繊細な目鼻立ち、華奢でしなやかな体付き、生真面目だが感じやすい精神を、私は鷹取嬢と対にして考えてみた。完璧な、だが未来永劫、成就不可能な彼らの結び付きを。
  私は初めて、千秋は死んだと感じた。千秋は死んで、私は彼の女と寝ているのだ。おそらくは死ぬまで女を知らなかった千秋の代わりに。成仏してくれとは祈らなかった。.....


  鷹取嬢は入院していたことは事実らしいのですが、毎日見舞いに行っていた千秋のことを「私」だと言い張ります。私は自分が誰だか判らないような奇妙な混乱状態となりますが、だからと言って取り乱すなどというベタなことはしません。

  このあたりが佐藤亜紀の美学なんでしょう。

  そのあと、ウィーンの新年や、鷹取嬢の復讐譚や、「私」のその後が散文的に語られて、物語は終わります。終文。

 結局のところ、誰しも跛を引きながら歩くものなのだ。



  この終章の美しさをもって☆一つ足して、☆三つとします。


  佐藤亜紀を読むシリーズ

バルタザールの遍歴
天使
雲雀
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Yasuhiro
Yasuhiro さん本が好き!1級(書評数:513 件)

馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8

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