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紅い芥子粒
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ヒトラーの別荘であり、大本営のひとつでもあったベルクホーフ。第二次世界大戦中、ヒトラーは、ここで多くの時間を過ごした。これは、7歳から16歳まで、ベルクホーフで暮らした少年ピエロの物語である。
物語は、第一部「1936年」から始まる。
七歳のピエロは、パリのアパートで、フランス人のお母さんとふたりで暮らしていた。
ドイツ人のおとうさんは、彼が四歳の時に鉄道自殺していた。
アパートの下の階には、ユダヤ人の母子が住んでいて、同い年のアンシェルとはお互いを「キツネ」「犬」と暗号で呼び合う、兄弟よりも親しい友だちどうしだった。
貧しくても愛情と友情に恵まれた毎日だったが、ピエロの慎ましいしあわせは、おかあさんの急な病死であっけなく終わる。

孤児になったピエロは、ドイツ人のおばさんに引き取られた。
おばさんは、死んだお父さんの妹で、ベルクホーフで家政婦として働いていた。
おばさんは、ピエロが知らなかったおとうさんの話をしてくれた。
第一次世界大戦で出征し、前線で闘って、心に深い傷を負ったこと……

第一部を読んでいると、7歳のピエロが、暴力がきらいで心優しい男の子であることがよくわかる。泣いている人を見れば、しっぽを振りながら寄り添って、温かい舌で頬をペロペロなめてくれるかわいい子犬のような。

物語は、第二部「1937年―1941年」へと進む。
ヒトラー総統は、人に共感も同情も一切しない、冷酷無慈悲な人だった。
ピエロのことが、気に入ったのかどうか。ベルクホークに来ると、総統はピエロをそばによんで、小さな従僕のように扱った。身の回りの世話をさせたり、国家や戦争のことを話して聞かせたり。
総統からドイツ少年団の制服を贈られた時は、ピエロは自分が特別な選ばれた者になったと錯覚した。
かかとをカチンと鳴らして「ハイル ヒトラー」と腕を上げる敬礼も板についた。
ユダヤ人の親友アンシェルからの手紙は、暖炉の火で燃やしてしまった。
見つかれば総統を失望させ、どんな仕打ちをされるか分からないから。

事件は、1940年のクリスマスの夜に起きた。
ヒトラー総統が、毒殺されそうになったのだ。
まったくの偶然だが、ピエロは犯人を知っていた。
ピエロと親しい、愛情を注いでくれた、大切な人たちだった。
一片のためらいもなく、ピエロはその人たちの名を総統に告げた。
その人たちが、捕らえられ目の前で処刑されても、一粒の涙も流さなかった。
国家の裏切り者だから、罰を受けるのは当然だと考えた。
ピエロはもはやかわいい子犬のようではなかった。命令されれば人を殺すこともいとわない、総統の忠犬になろうとしていた。
それは、絶対的権力者の冷酷無慈悲から、自分自身を守る術でもあった。

第三部「1942年-1945年」のピエロは、まるで小さなヒトラーだ。
ベルクホーフの使用人や町の人に、高圧的にふるまう。
好きな女の子を、暴力で支配しようとする。
ピエロをいさめてくれる使用人もいたが、もはや総統以外の誰の言葉も彼の耳には届かない。

しかし、戦局は悪化し、ドイツは負けた。
ヒトラーは逃亡し、使用人は去り、ベルクホーフは連合軍に爆撃された。
連合軍に捕らえられた時のピエロは、ご主人様に捨てられ、物陰で震える野良犬のようだった。

最終章エピローグは、人として生まれ変わろうとするピエロだ。
それは、長い贖罪の日々の始まりだった。


少年少女向きに書かれた作品なので、歴史的背景の詳しい説明はされていない。
しかし、やさしい無垢な少年が、絶対的権力者へのあこがれと恐怖から、冷酷無慈悲なファシストに変貌していく過程は、このようにして人は戦争に加担し、ひとりひとりが世界に大きな悲劇を招く当事者になってしまうのかと、身につまされる思いだった。




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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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