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かもめ通信
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マリー・ローランサンが大學に渡した紙には1篇の詩が書かれていた。信奉者の多い美しい画家に自分のことを詠んだ詩を贈られた青年が、彼女に夢中にならないはずはない。まるで小説のような青春時代の思い出。
私にとって堀口大學という人は
十代の頃から慣れ親しんだ
モーリス・ルブランの“アルセーヌ・ルパン”シリーズの翻訳者で、
「わし」などと、少し古めかしい言い回しながら
ダンディという言葉の意味を実感させてくれた人でもある。

そんなわけで彼を優れた翻訳者として評価することはやぶさかではないが、
詩人としての業績となると今ひとつわからない。

1980年初出のこの作品は大學の最晩年に
月に1回、15回も通い詰めて聞き取ったというあれこれをまとめたもので、
著者はこの作品で第29回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞したのだという。

幼い頃に母を亡くし
日本で初めて試験によって選ばれ外交官に任ぜられた三人のうちの一人だったという
とても優秀な父親に深く愛されるとともに大いに期待されて育った若き日の思い出、
自らの生い立ちや当時としてはかなり貴重であっただろう海外生活のあれこれや、
その多彩な交友関係などを
聞き手と絶妙なやりとりをしながらあれこれと語っていくのだが、
回を追う毎に聞き手が大學により強く惹かれていく様が読んでとれるのも面白い。

大親友だった佐藤春夫
師であると同時にあこがれの女性であった与謝野晶子
萩原朔太郎や永井荷風、長谷川潔
ジャン・コクトーやギヨーム・アポリネール、
マリー・ローランサン等々
忘れえぬ人々との出会いと別れ。

よく一緒に散歩をしたというマリー・ローランサンが
大學に渡した紙に書かれた1篇の詩。
この鶯 餌はお米です
歌好きは生まれつきです
でもやはり小鳥です
わがままな気紛れから
わざとさびしく歌います
 (詩:マリー・ローランサン/訳:堀口大學)

本書において
この詩とセットで紹介されている堀口の恩師与謝野寛短冊
大學よわかきさかりに逸早く秋のこころを知ることなかれ
そのまま、堀口大學という青白い顔をした一人の青年の人となりを
みごとに浮かび上がらせるようで面白い。

ギヨーム・アポリネールの一篇の詩の訳をめぐる話題も印象的だ。
1925年に堀口によって訳された詩は
僕は持ちたい 家のなかに
理解のある細君と
本の あいだを歩きまわる猫と
それなしにはどの季節にも
生きていけない友だちと
というものだったが
それから半世紀以上を経た後
堀口はその詩を自ら訳し直して世に問うた。
わが家にあって欲しいもの
解ってくれる細君と
散らばる書冊のあいだを縫って
踏まずにあるく猫一匹、
命の次に大切な
四五人ほどの友人たち。

堀口大學はやはりすぐれた翻訳家だった。
そしてすぐれた翻訳家であるためには
やはりひとつひとつの言葉を大切にする
すぐれた書き手であり、語り手である必要があるのだと改めて思った。
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2234 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

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この書評へのコメント

  1. 三太郎2018-04-02 07:53

    マリー・ローランサンですか・・・中学生のころ好きだった女の子がローランサンの絵がすきでしたが、僕にはちょっと苦手なタイプの絵でした。詩も苦手かも・・・

    堀口の訳詩はよいですねえ。須賀さんのサバの詩の訳でもありましたが、一度発表した詩を訳し直すというのは余程のことと思うのですが、後の訳の方が断然素晴らしいですね。

  2. かもめ通信2018-04-02 17:12

    マリー・ローランサンはいつもおしゃれ着で絵筆を持って,手にさえ絵の具をつけることがなかったそうですよ!かなりのナルシストとお見受けしましたw
    大學さんは,与謝野晶子といい,ローランサンといい,ハッキリきっぱりした年上の女性が好みだったのかもしれませんね。

  3. 三太郎2018-04-02 20:53

    >ハッキリきっぱりした年上の女性

    なるほど・・・ローランサンの絵は一見フェミニンなんですが、どこか中性的な感じがするのが、苦手だったのかもしれません。堀口も中性的な感じがなくもないかな。こんど彼の訳した詩を読んでみようかな。

  4. かもめ通信2018-04-02 20:57

    三太郎さん、ぜひぜひ、読んでみて、感想を聞かせてください!!

  5. calmelavie2018-05-18 06:02

    読みました!

    いつかのコメントでこの本を教えていただいた後、kindleで購入し、工場の休憩時間に、毎日少しずつ読み進め、数週間、たいへん愉しい休憩タイムを過ごさせていただきました。
    レビューを書こうと思いながら、なかなか難しくて、時間だけが流れ、断念いたしました。じつは、僕も、堀口大學は新潮文庫のルパンが最初だったのです。十代の最初の頃です。もっとも、その頃は詩とも文学とも無縁だったので、大學が何者かなどまったく知りませんでしたがねww
    高校入学後、文学を読むようになって、新潮文庫で買ったアポリネールの詩集の訳者が大學でした。雲上人のような存在でしたが、この本を読んで、堀口が、ずいぶん身近に感じられるようになりましたね。ダンディで、酒飲みで、けっこうスケベな好々爺……(笑)

    いや、ホント、愉しい本です。ありがとうございました。

  6. かもめ通信2018-05-18 06:36

    calmelavieさん!(いまちょっとPCの前で声に出してお呼びしてみましたw)
    読まれましたか!
    これはなかなか面白かったですよね~
    私など時々そこここと思い出してはニヤニヤしていますw

    それにしても高校時代にアポリネール詩集を購入して読まれていたとは!
    筋金入り(?)の文学青年だったんですねえ!

  7. calmelavie2018-05-18 21:23

    いえ、筋金は入っていなかったと思いますがww
    でも高校時代がいちばん本を読んでいたように思います。学校の休み時間だけでなく、たまに授業中も読んでいたような……。

    アポリネールという名前は、僕の好きな作家の一人、なだいなだのほろ苦い青春小説『しおれし花飾りのごとく』で知りました。
    表紙をめくって現れたエピグラムに、こう書かれていました。

      「おゝ、うちすてられしわが青春よ
       しおれし、花飾りのごとく
           ――アポリネール――  」
     

    <うちすてられしわが青春!>


    ぐっときましたね。


    <しおれし花飾りのごとく>


    しびれました……。


    そして、アポリネールという詩人を探し求めて堀口大學訳の新潮文庫にたどり着いたのですが、


      「凋(しお)れた花絡(はなひも)さながらに
       見棄てた僕の青春よ         」


    と、若い僕としてはちょっと残念な翻訳でありました。

    「ミラボー橋」は、イイなあとしみじみ思いましたがね。


    長々と申し訳ありませんm(__)m

  8. かもめ通信2018-05-18 21:32

    大學さん!確かにちょっと、いやかなり残念な!!w
    まあそれは、大學さんのせいというより
    「時代」の限界なのかもしれませんが。

    そしてまた
    ミラボー橋に青春あり!!
    と、私も昔、思いましたw

    「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
     われらの恋が流れる
     わたしは思い出す
     悩みのあとには楽しみが来ると」

    それにしても、マリー・ローランサン
    よっぽど魅力的な女性だったのかしらん……。

  9. calmelavie2018-05-18 21:59

    たぶん……
    芸術家の美意識は凡人には計り知れないところがありますけど。

    大學とマリー、しっかり愛し合っていたようですね。
    この本で、バラしていますよねw
    関容子さんに、自分の詩をあえて読ませたりして。
    でも、これらのインタビューを済ませ、時を置かずに亡くなったとは、なんだか心憎いです。
    大學の詩は多分あまり読むことはないと思いますが、堀口大學という存在は、決して忘れることはないでしょう。

  10. No Image

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