ぽんきちさん
レビュアー:
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香港という特異な土壌に生まれ育った複雑な捜査官、そして犯罪者たち。
香港を舞台とした連作ミステリ。6編の中編を含む。
タイトルの「13・67」とは2013年~1967年の意で、タイトルが表すように、各編は、それぞれ、2013年、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年の事件を中心に描かれ、徐々に時代を遡っていく。
軸となるのは捜査官クワン(關振鐸(クワンザンドー))。天眼と呼ばれる極めて聡明な人物である。その後を継ぐべく努めるロー(駱小明(ローシウミン))警部がもう1人の中心人物だが、年若い彼は、1979年以前となる5編目以降には現れない。
つまりはこれはクワンが如何に天眼となったかの物語であるとも言える。
1編目「黒と白のあいだの真実」ではクワンは末期癌で瀕死の状態である。耳は聞こえるが、話すことはできない。目も閉じたまま。意思疎通は脳波のかすかな動きで、イエスかノーかを示すのみである。つまり、適切な質問をしなければ、参考になるような答えは得られない。度肝を抜くような、極端な「安楽椅子探偵」の設定だが、さて、一大財閥の総帥が殺された事件を、彼と部下のローは解決することができるのだろうか。
2編目「任侠のジレンマ」は香港マフィアが起こす事件。クワンはすでに退官しており、ローが実際の捜査に当たる。ゲーム理論の「囚人のジレンマ」が1つのキーとなる。結局のところ、ローが釈迦のようなクワンの掌で踊らされる話でもある。
3編目「クワンのいちばん長い日」は、クワン定年の日の出来事である。4編目「テミスの天秤」と併せて香港マフィアと巻き添えの民間人が絡む。
5編目「借りた場所に」は一風変わった誘拐事件。英国人公務員の息子が誘拐され、身代金が要求される。だが事件は意外な展開を見せる。
唯一一人称で語られる6編目「借りた時間に」には主要人物が2人いる。
1967年の彼らが、時を経て2013年に何者になるのか、その正体は最後の2ページでわかる。この鮮やかな幕切れはなかなか衝撃的である。彼らが過ごしたそれぞれの46年間の道筋が、びしりと閃光が走るようにひらめく。対照的な人生を歩むことになった2人。その背後には、ここには描かれなかった数多くの岐路があったはずだ。混沌とした香港の闇を、彼らはどのように渡ってきたのか。ラビリンスの奥行きを思わせる見事な構成である。
各編のミステリとしての手触りは、重厚だが、いささか複雑に過ぎる嫌いがある。犯人側が裏の裏をかこうとすれば、捜査員は裏の裏の裏をかく、というような、理屈としてはありかもしれないが、本当にそこまで考えるか、あるいはそこまで見破れるかというと、ちょっと首をかしげる部分がなくはない。犯罪が複雑である分、説明的な解説も長く、いささか冗長に思える部分もある。読者に手の内が明かされていない箇所も多く、提示された情報から、読者が犯罪の真相を詳細に推論することはまず無理だ。
そこを味と思うか、凝り過ぎと思うか、評価は分かれる部分だろう。
全体としてクワンが主役の連作ではある。
だが、実のところ、この物語の陰の主役は香港という街そのものであるのかもしれない。ミステリの体ではあるけれども、社会派小説の風味も強い。
香港は1842年にイギリスに割譲され、1997年に中国に返還されている。中国のほかの街とも違うが、もちろん、イギリスとも違う。そうした歴史が独特の土壌を生んでいる。活気。暗黒。洗練。都市。貧困。エネルギー。混沌とした喧噪から特異な犯罪環境が生まれる。
「警官」という存在に人々が抱く不審と怖れ。したたかで計算高いマフィア。香港で暮らす英国人の背景。生き馬の目を抜く社会を生き抜く庶民。
激動の時代を駆け抜けた人々、そして街。その歴史に思いを馳せる、余韻を残す連作集である。
タイトルの「13・67」とは2013年~1967年の意で、タイトルが表すように、各編は、それぞれ、2013年、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年の事件を中心に描かれ、徐々に時代を遡っていく。
軸となるのは捜査官クワン(關振鐸(クワンザンドー))。天眼と呼ばれる極めて聡明な人物である。その後を継ぐべく努めるロー(駱小明(ローシウミン))警部がもう1人の中心人物だが、年若い彼は、1979年以前となる5編目以降には現れない。
つまりはこれはクワンが如何に天眼となったかの物語であるとも言える。
1編目「黒と白のあいだの真実」ではクワンは末期癌で瀕死の状態である。耳は聞こえるが、話すことはできない。目も閉じたまま。意思疎通は脳波のかすかな動きで、イエスかノーかを示すのみである。つまり、適切な質問をしなければ、参考になるような答えは得られない。度肝を抜くような、極端な「安楽椅子探偵」の設定だが、さて、一大財閥の総帥が殺された事件を、彼と部下のローは解決することができるのだろうか。
2編目「任侠のジレンマ」は香港マフィアが起こす事件。クワンはすでに退官しており、ローが実際の捜査に当たる。ゲーム理論の「囚人のジレンマ」が1つのキーとなる。結局のところ、ローが釈迦のようなクワンの掌で踊らされる話でもある。
3編目「クワンのいちばん長い日」は、クワン定年の日の出来事である。4編目「テミスの天秤」と併せて香港マフィアと巻き添えの民間人が絡む。
5編目「借りた場所に」は一風変わった誘拐事件。英国人公務員の息子が誘拐され、身代金が要求される。だが事件は意外な展開を見せる。
唯一一人称で語られる6編目「借りた時間に」には主要人物が2人いる。
1967年の彼らが、時を経て2013年に何者になるのか、その正体は最後の2ページでわかる。この鮮やかな幕切れはなかなか衝撃的である。彼らが過ごしたそれぞれの46年間の道筋が、びしりと閃光が走るようにひらめく。対照的な人生を歩むことになった2人。その背後には、ここには描かれなかった数多くの岐路があったはずだ。混沌とした香港の闇を、彼らはどのように渡ってきたのか。ラビリンスの奥行きを思わせる見事な構成である。
各編のミステリとしての手触りは、重厚だが、いささか複雑に過ぎる嫌いがある。犯人側が裏の裏をかこうとすれば、捜査員は裏の裏の裏をかく、というような、理屈としてはありかもしれないが、本当にそこまで考えるか、あるいはそこまで見破れるかというと、ちょっと首をかしげる部分がなくはない。犯罪が複雑である分、説明的な解説も長く、いささか冗長に思える部分もある。読者に手の内が明かされていない箇所も多く、提示された情報から、読者が犯罪の真相を詳細に推論することはまず無理だ。
そこを味と思うか、凝り過ぎと思うか、評価は分かれる部分だろう。
全体としてクワンが主役の連作ではある。
だが、実のところ、この物語の陰の主役は香港という街そのものであるのかもしれない。ミステリの体ではあるけれども、社会派小説の風味も強い。
香港は1842年にイギリスに割譲され、1997年に中国に返還されている。中国のほかの街とも違うが、もちろん、イギリスとも違う。そうした歴史が独特の土壌を生んでいる。活気。暗黒。洗練。都市。貧困。エネルギー。混沌とした喧噪から特異な犯罪環境が生まれる。
「警官」という存在に人々が抱く不審と怖れ。したたかで計算高いマフィア。香港で暮らす英国人の背景。生き馬の目を抜く社会を生き抜く庶民。
激動の時代を駆け抜けた人々、そして街。その歴史に思いを馳せる、余韻を残す連作集である。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:496
- ISBN:9784163907154
- 発売日:2017年09月30日
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