三太郎さん
レビュアー:
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米国西海岸のサンノゼには個人がつくったベートーヴェン研究センターがある。設立者ともう一人の米国人の熱心なべートーヴェン愛好家がオークションで落札したベートーヴェンの遺髪の数奇な運命とは。#やまねこ祭り
先日、ブルックナーの音楽に関するレビューを書いたばかりですが、その中でブルックナーの交響曲について
とはいえ、ブルックナーが生まれたのは1824年で、その3年後の1827年にはべートーヴェンは亡くなるので、二人の間には接点はないのですが。
この本は、そのベートーヴェンが亡くなってから167年が経過した1994年に、ロンドンのサザビーズのオークションに突如現れた、ベートーヴェンの遺髪を巡る不思議な物語です。
この遺髪は、死の床にあったベートーヴェンを訪問したあるユダヤ系の若い音楽家が遺体から切り取ったもので(当時は遺髪の切り取りはよくあったらしい)、その息子が相続したことまでははっきりしているのですが、この遺髪をオークションに出品したのは縁もゆかりもないデンマークに住むあるフランス人女性でした。彼女がどうして遺髪をもっていたのか、が第一の謎です。
第二の謎は、この遺髪を競り落とした二人の米国人が解き明かそうとした、ベートーヴェンの死因の謎です。
第一の謎も第二の謎も、いまのところ完全には解き明かされてはいないのですが、第一の謎については1943年の10月にナチスの迫害から逃れるため多くのユダヤ人が、デンマークのある漁村から小舟でスウェーデンに渡ったこと、この脱出に多くのデンマーク人が協力したことまでは解っています。
第二の謎については遺髪の法医学的、化学的な分析が行われ、遺髪には通常の現代人の数十倍の濃度の「鉛」が検出されること、また別の研究所が保管していたベートーヴェンの頭部の遺骨からも鉛が検出されること、この遺骨と遺髪のミトコンドリアDNAが一致したことが判明しています。
ベートーヴェンの時代には、薬やワインの添加剤として鉛を摂取していたとか。難聴などベートーヴェンの様々な病歴は鉛中毒と関係するかもと著者らは考えているようです(医学的根拠は不明ですが)。
(注 鉛はヘモグロビンの合成を阻害するなど毒性のある元素ですが、つい最近まで世の中で広く使われていました。例えば鉛ガラスや鉛入りの半田が産業界で広く使われていたし、ハイオクタンガソリンには最近までアンチノッキング剤として有機鉛化合物が添加されていました。古代ローマでは酢酸鉛を甘味料として使ったという記録もあるとか。ベートーヴェンの時代にはワインにまで鉛が入っていたとすると、ベートーヴェンだけが鉛中毒になったというのは不自然な気がします。僕が医学的根拠が不明と書いたのはそのためです)
第一の謎、つまり遺髪がオークションに出されるまでの歴史を紐解く部分は、ドラマチックで大変興味深いものです。デンマーク人の大物理学者、ニールス・ボーアもナチスから逃れるために小舟でスウェーデンへ渡ったという逸話を思い出しました。
第二の謎を解くために科学的な検証が行われたのですが、この部分には同意できない記述が二か所ありました。
1)p.109で、鉛の分析を電子顕微鏡で行ったと書いてありますが、ここに
2)p.129で、頭蓋骨と遺髪のミトコンドリアDNAが一致したという部分で、二つの試料(遺骨と遺髪)が同一人物のものであると証明されたと書いてありますが、証明されたというのは言い過ぎでしょう。なぜなら、ミトコンドリアDNAは母系親族のものなら皆同じになるはずだからです。ミトコンドリアDNAでは個人は特定できないと思います。
原著者は科学者ではないのですから、上記の二点は専門家の監修を受けたらよかったのにと、ちょっと残念でした。
曲想とメロディーの単調さと、それに見合わないまでの曲の冗長な長さと書きましたが、ベートーヴェンの第九交響曲についても同じことが言えるでしょう。この二人は、少なくとも交響曲については、メロディーの美しさとは別の美しさを音楽に求めていたと思います。
とはいえ、ブルックナーが生まれたのは1824年で、その3年後の1827年にはべートーヴェンは亡くなるので、二人の間には接点はないのですが。
この本は、そのベートーヴェンが亡くなってから167年が経過した1994年に、ロンドンのサザビーズのオークションに突如現れた、ベートーヴェンの遺髪を巡る不思議な物語です。
この遺髪は、死の床にあったベートーヴェンを訪問したあるユダヤ系の若い音楽家が遺体から切り取ったもので(当時は遺髪の切り取りはよくあったらしい)、その息子が相続したことまでははっきりしているのですが、この遺髪をオークションに出品したのは縁もゆかりもないデンマークに住むあるフランス人女性でした。彼女がどうして遺髪をもっていたのか、が第一の謎です。
第二の謎は、この遺髪を競り落とした二人の米国人が解き明かそうとした、ベートーヴェンの死因の謎です。
第一の謎も第二の謎も、いまのところ完全には解き明かされてはいないのですが、第一の謎については1943年の10月にナチスの迫害から逃れるため多くのユダヤ人が、デンマークのある漁村から小舟でスウェーデンに渡ったこと、この脱出に多くのデンマーク人が協力したことまでは解っています。
第二の謎については遺髪の法医学的、化学的な分析が行われ、遺髪には通常の現代人の数十倍の濃度の「鉛」が検出されること、また別の研究所が保管していたベートーヴェンの頭部の遺骨からも鉛が検出されること、この遺骨と遺髪のミトコンドリアDNAが一致したことが判明しています。
ベートーヴェンの時代には、薬やワインの添加剤として鉛を摂取していたとか。難聴などベートーヴェンの様々な病歴は鉛中毒と関係するかもと著者らは考えているようです(医学的根拠は不明ですが)。
(注 鉛はヘモグロビンの合成を阻害するなど毒性のある元素ですが、つい最近まで世の中で広く使われていました。例えば鉛ガラスや鉛入りの半田が産業界で広く使われていたし、ハイオクタンガソリンには最近までアンチノッキング剤として有機鉛化合物が添加されていました。古代ローマでは酢酸鉛を甘味料として使ったという記録もあるとか。ベートーヴェンの時代にはワインにまで鉛が入っていたとすると、ベートーヴェンだけが鉛中毒になったというのは不自然な気がします。僕が医学的根拠が不明と書いたのはそのためです)
第一の謎、つまり遺髪がオークションに出されるまでの歴史を紐解く部分は、ドラマチックで大変興味深いものです。デンマーク人の大物理学者、ニールス・ボーアもナチスから逃れるために小舟でスウェーデンへ渡ったという逸話を思い出しました。
第二の謎を解くために科学的な検証が行われたのですが、この部分には同意できない記述が二か所ありました。
1)p.109で、鉛の分析を電子顕微鏡で行ったと書いてありますが、ここに
核反応と量子物理学を利用して鉛の量を調べたとあります。この書き方では化学の専門家でも何のことか分かりません。この後の部分で「蛍光X線」を用いて分析したと書いてあるので、蛍光X線で調べたと素直に書けばよかったと思います。なぜ同意できないかというと、蛍光X線による化学分析は、「核反応」とはまったく無関係だからです。核反応というのは、原子炉(核分裂反応)や太陽(核融合反応)の内部で起きるので、電子顕微鏡で核反応が起こせる訳がありません。
2)p.129で、頭蓋骨と遺髪のミトコンドリアDNAが一致したという部分で、二つの試料(遺骨と遺髪)が同一人物のものであると証明されたと書いてありますが、証明されたというのは言い過ぎでしょう。なぜなら、ミトコンドリアDNAは母系親族のものなら皆同じになるはずだからです。ミトコンドリアDNAでは個人は特定できないと思います。
原著者は科学者ではないのですから、上記の二点は専門家の監修を受けたらよかったのにと、ちょっと残念でした。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:PHP研究所
- ページ数:160
- ISBN:9784569782362
- 発売日:2012年06月02日
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