キリエル

彼はとにかくうんざりしていた。
本当にもううんざりだったのだ。
巨大な組織の歯車として、
ただひたすらみじめな仕事をすることに。
しかもその仕事は別に
彼でなければできないというわけではなかったのだ。
そうだれにだってできるだろう。
地獄に落ちたやつらを苦しめるなんてことは。
なぜってどうせ放っておいたって苦しむんだから。
それより、こっちのメンタルを心配してほしいぐらいだ。
と、彼は本気で思っていた。
で、結局、抜け出したってわけだ。
自分一人、いなくなったところで誰も困りはしないし、
もしかしたら誰も気がつきもしないかもしれない。
そう、神だって。

何千年も働き続けてきたのだ。
もうたくさんだった。
だから乗っ取ることにしたんだ。
それで、
こっそり盗めてややこしくなく、
手足も隅々までちゃんと動く、
気苦労なんかもなくて、飢えたりもしない、
社会的な問題とも無縁で気軽に試すことができるやつを選んだ。
おあつらえ向きだったんだ。
あと数秒後には猛スピードで突っ込んできたトラックにひかれて死ぬはずだったから。
そりゃ。彼だって、ショーンの最後の時間を奪ったことは悪かったかもしれないって
全くおもわなかったわけじゃない。
だけど、おかげでショーンのやつ、痛い思いをしないですんだはずだし。

そんなわけで、彼は、アメリカのティーンエイジャーショーンの体にもぐり込んだ。
そうして、体験してみたかったあれこれを実際にためしてみることにしたというわけ。
つまり、匂いをかいでみるとか、触れてみるとか、
食べてみるとか、くしゃみをしてみるとか、
お風呂に入ってみるとか……いうことをね。
是非ともしてみたいと思っていたセックスはなかなかできそうにはなかったけれど。

上の連中がいい加減気がついて乗り出してくるまでの時間を有効につかわなくてはと、
彼はいろんな事を試してみようとする。
そうこうしているうちに、いろんな相手といろんなつながりができて
自分がいなくなったあとのことまであれこれと心配したりもする。
あれで、結構いいやつなんだ。彼は。

この本は、そんな彼の青春体験日記だ。
結構、笑えるけれど、ただ笑えるだけじゃない。
ときどき胸がキュンキュンもする。
もしもそんなことを打ち明けたなら、
彼はきっと嫌な顔をするだろうけれど…。

え？彼の名前を知りたいって？
いろんな名前をもっているらしいけれど、
彼自身は“キリエル”が気に入っているって言っていたな。
なんでもギリシャ語の
“キリエ・エレイソン”（神よあわれみたまえ）からきているらしい。
らしいからしくないかって？
そんなことはしらないけれど、
本人がいやがるから間違っても、彼に向かって「悪魔」だなんて言ってはダメだ。
どうしてもいいたければ「堕天使」と呼んでやって！



※ 祝#やまねこ20周年記念読書会参加レビューです。