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かもめ通信
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私もまた、いつか自分自身になることを夢見て、卵の殻と格闘する。今も昔もこれからも。
ヘッセとのファーストコンタクトは中学生の頃。
『郷愁』を読んだのは学校の推薦図書だったからかもしれないが、『車輪の下』や『デミアン』を読んだのは、当時ハマっていた萩尾望都の漫画の影響だった。

興味本位で手にしたにもかかわらずこの作品に強烈に惹かれたのは,やはり私も日々息苦しさを感じ、生きていくことが難しいと感じる年頃だったせいだろうと今は思う。

といっても記憶は断片的で、あの頃の自分がどんなふうに『デミアン』を理解したのか、はっきりと憶えているわけではない。

けれども今回、10代の頃読んだものとは異なる新訳で再読したにもかかわらず、冒頭のこの一節を目にしたとき、気恥ずかしいような懐かしさとともに、胸にチクリと痛みを覚えたことも確かだった。

迸(ほとばし)り出る自分の思いそのままに生きようとしただけなのに、なんでそれがこうも難しかったんだろう。

もしかすると、はじめてデーミアンに出逢ったときのあの衝撃のかけらが、今も私の胸のどこかに刺さっているのかもしれない。 


主人公シンクレアは、敬虔なクリスチャンの両親と二人の姉の庇護の下、明るく正しい世界で育ったが、あるとき、ある恐れからついた嘘によって、暗く後ろめたい世界に囚われるようになる。

そんな彼の前に現れた年上の転校生がデーミアンだ。
デーミアンはその明晰な頭脳と不思議な魅力で、暗がりからシンクレアを引っ張り出すのだが、同時にまた別の暗闇をのぞき込ませもするのだった。

明と暗。正しさと邪悪さ、温かさと冷たさ。
まるでふたつの世界を行き来しているかのように、鮮やかなコントラストを描きながら語られるのは、シンクレアの心の内。

10代半ばで出逢ったこの物語に、20歳の頃再会した私は、この小説の中に心理学や哲学のテーゼを見いだしもした。

けれども、ユングもフロイトも知らず、この物語を執筆した頃にヘッセが置かれていた状況などまったく知らなかった10代の頃の私も、自分の心の内をのぞきこまずにはいられないシンクレアの気持ちはわかりすぎるほどわかる気がしていたのだ。

鳥は卵から出ようともがく。卵すなわち世界なり。生まれんと欲する者は世界を破壊するほかなし。鳥は神をめざして飛ぶ。神の名はアプラクサス

この有名な一節を読んだ時、読者の思いは再び、物語の始まる前のはしがきへと帰って行く。
ぼくらはみな、生まれたときの滓を、太古から伝わる粘膜や卵殻を、身に帯びて最後まで生き続ける。人間にならずじまいで終わる者も少なくない。

半世紀を超えて生きてきた私もまた、10代の頃と変わらず、今なお卵の殻と格闘している。

#はじめての海外文学 vol.4応援読書会参加レビューです。

<関連レビュー>
『デミアン』翻訳読み比べ
『クヌルプ』
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かもめ通信
かもめ通信 さん本が好き!免許皆伝(書評数:2235 件)

本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2019-01-21 08:48

    誰も待ってはいないかもしれないけれど、
    『デミアン』翻訳読み比べレビューのコメント欄に
    クイズの解答をアップしましたので、よかったらそちらもどうぞ。
    https://www.honzuki.jp/book/12449/review/220300/

  2. No Image

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