与謝野晶子の源氏を完読したのをきっかけに、 原典に 谷崎源氏、 円地、 寂聴、 大塚ひかりに 橋本治、 林望源氏をつまみ食い、さらには、 田辺聖子の新源氏など関連書籍も読み散らかし、 読み比べレビューを書き散らかして、もういいよ。もう当分は源氏の顔など見たくない!と思うところまで読み切った……と思っていたのだが、どうやらそれも気のせいだったようで、昨年は、英訳した『源氏物語』をさらに日本語訳したというウェイリー版『源氏物語』にまで手を出した。
そんなわけだから、池澤夏樹=個人編集 日本文学全集に角田光代訳の『源氏物語』が収録されるからには、さわりだけでもいずれは読まなければならないと思ってはいたのだ。
ということで、久々の読み比べだ。
まずは従前のレビューと比較できるように冒頭の一節を抜き書きしてみよう。
いつの帝の御時だったでしょうか--。
その昔、帝に深く愛されている女がいた。宮廷では身分の高い者からそうでもない者まで,幾人もの女たちがそれぞれに部屋を与えられ,帝に仕えていた。
帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、自身の位も、女御より劣る更衣であった。女に与えられた部屋は桐壺という。
帝に仕える女御たちは、当然自分こそが帝の寵愛を受けるのにふさわしいと思っている。なのに桐壺更衣が帝の愛を独り占めしている。女御たちは彼女を目ざわりな者と妬み、蔑んだ。桐壺と同じ程度、あるいはもっと低い家柄の更衣たちも、なぜあの女が、となおさら気がおさまらない。
これまた以前のレビューでも取り上げていた歌、 『愛する源氏物語』(俵万智著)のレビューでも紹介した一番最初に登場する桐壺の更衣の和歌は
「限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
(定められたお別れの道を悲しく思います、私の行きたいのはこの道ではなく、生きていく道ですのに)
こんなふうになるとわかっていましたら……」
と,その先はもう言えずにいる。
と、本歌と現代語訳を併記するスタイル。
さらにもうひとつ、 こちらのレビューで原典含め10通りを一挙掲載した一節はこんな感じ。
日が暮れてしばらくたった頃である。うとうととまどろむ光君の枕元に、うつくしい女が座っている。
「こんなにもあなたをお慕いしている私には思いもかけてくださらないのに、こんななんということのない女をここに連れこんでかわいがっていらっしゃるなんて……。あんまりです」
と言い、女は、光君のそばに寝ている女を掻き起こそうとする。
うーん。
上巻だけを斜め読みした印象にすぎないが、この角田源氏は、いつもの角田さんの文章に比べると今ひとつこなれていないような気が。
そしてこれが一番気になるところではあるのだが、やけに淡々としていて勢いがない。
与謝野源氏のほど情熱的ではなく、谷崎源氏のような艶やかさもなく、円地源氏のようななまめかしさも、林望源氏ほどの明快さもない……。
もちろん、角田光代という今をときめく人気作家が源氏の現代語訳に挑戦したということで、源氏読者の裾野が大きく広がるであろうことに疑う余地はなく、それだけでも大きな功績であるとは思う。
そうは思いはするが、私には、この本の一番の魅力は別刷りで添付されている月報に掲載された瀬戸内寂聴による「源氏物語の現代語訳変遷」なる一文であり、2つ目は、やはり月報掲載の大和和紀の「『あさきゆめみし』と『源氏物語』」にあるようにも思われた。
本も食べ物も後味の悪くないものが好きです。気に入ると何度でも同じ本を読みますが、読まず嫌いも多いかも。2020.10.1からサイト献本書評以外は原則★なし(超絶お気に入り本のみ5つ★を表示)で投稿しています。
この書評へのコメント
- Kurara2017-12-21 22:42
かもめ通信さん♪
角田源氏は読み易さが最優先なんでしょうね。大御所作家たちの後を追う仕事はさぞプレッシャーだったでしょう。
源氏物語は読者の年齢や古典読書の経験によって読み方が違うと思うので、角田さんの書いた源氏もこれはこれで登竜門的なものとして必要であると感じました(まだ読んでいないけど)かもめ通信さんは源氏物語のバリエーションを知り尽くした上で読まれたから「うーん」なんだろうなぁ。円熟した読者には色々なものが見えすぎたりちょっと物足りなかったりするのでしょうね。
瀬戸内さんの部分は是非読みたいです。図書館で見かけたら手に取ってみようと思います!私は瀬戸内さんのと円地さんのしか読んでませんが、いつかは谷崎のものを....... ↓譲り受けた10巻ものがあったりする。眺めているだけで満足感(笑)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2017-12-22 06:34
おおっ!Kuraraさん!その谷崎源氏、箱入りの単行本でしょう?
紙質にまでこだわった素敵な装丁ですよね!
私もそれ、先日古本市でみかけて買おうかどうしようかさんざん迷ったって後ろ髪引かれながら諦めたのだけれど……次に出会ったら買ってしまいそうww
そうそう角田源氏は確かに、変に思い入れが強くない分、原典に忠実に訳した…ということなのかもしれませんね。
まあ命がけの円地さんと比べられたら、他の訳者が困るという気もしないでもありませんがw
そのあたりのことも機会がありましたらぜひ、寂聴解説でwクリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - miol mor2017-12-23 16:57
cakes に載った文章によると、原作にある感情と現代人の感情との間にリンクをつけることが目的とか。そのために、プレーンな文体にしてるとのことです。天皇のこと以外は敬語を使わないのもそのあたりからでしょう。
https://cakes.mu/posts/18655クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - かもめ通信2017-12-23 18:24
miol morさん
そうなのでしょうねえ。
この本の巻末にも角田さんの解説が掲載されていて、そういった意図も明かされてはいました。
その上で、まあ、私のように1巻だけを次々と読み比べていくという物好きはそう沢山はいないと思うので、私の場合はもうこれは趣味の範疇の話かなあという気も。
つい先日、ウェイリー版の新訳(原典→英語→日本語新訳)が左右社さんから出て、こちらもぜひ読んでみたいのですが……。
もうね。一巻だけコレクションも予算の面でもスペースの面でも限界が……(><)クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:河出書房新社
- ページ数:704
- ISBN:9784309728742
- 発売日:2017年09月08日
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