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紅い芥子粒
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赤ん坊は、孤立無援でも、生きようとたたかっていた。
大江健三郎の長男、光さんが脳に重い障害を負って生まれてきたことは、よく知られている。光さんが生まれたのは1963年。この作品は、1964年に書かれた。

主人公は、「鳥(バード)」というあだ名の青年。27歳と4か月。
職業は、予備校の英語の講師。
父親になる覚悟が、まったくできていないのに、子どもが生まれた。
しかも、その子は、脳ヘルニアという重い障害を負っていた。

だれにも歓迎されない赤ん坊だった。
主人公は、”正常”に育つ見込みはあるのですか、と産科の医師にきく。
医師は、”現物”を見ますか?と、薄く笑っていう。
赤ん坊は、頭蓋骨からはみでた脳のせいか、頭がふたつあるように見えた。
入院中の母親は、ほんとうのことを知らされていない。
赤ん坊の祖父も祖母も、こんな赤ん坊は早く死んだ方がいいと思っている。
赤ん坊は、大学病院の小児科に送られた。
主人公が、この子には早く死んでほしいと、遠回しにいうと、担当医は、じゃあミルクのかわりに砂糖水でも与えて衰弱死させましょう、とあっさり請け合った。

みんながよってたかって赤ん坊を殺そうとしていた。
赤ん坊は、桃色の舌をひらひらさせて、力強く大きな声で泣く。
生きたい、ミルクをくれ。
かれは、孤立無援で生きようと闘っていた。

赤ん坊衰弱死のしらせを待つあいだ、主人公は大学時代の女ともだちの家にころがりこみ、セックスと酒に溺れる。
もともと父になる覚悟がなかったから、赤ん坊が死んだら、離婚して、自由になって、そうなったらアフリカに旅行して……そんなことを夢想していた。

もちろん、赤ん坊は、死ななかった。
光さんがそうだったように、脳の手術を受けて生きのびた。
孤立無援でも、大きな声で泣いて戦ったかれの勝利だ。
そして、主人公は、地獄のような葛藤を経て、父になった。

多くの鳥は、つがいとなった異性を生涯の伴侶として、巣を守る。
多情なオス猫のようにうろうろしていた主人公は、鳥類の雄のように、おとなしく巣を守る生き方に落ち着いた。
主人公の名を”鳥(バード)”としたのは、そんな意味もあるのかもしれない。
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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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この書評へのコメント

  1. morimori2023-09-05 15:14

    紅い芥子粒さん はじめまして 
    衰弱死を望まれる赤ちゃんの孤独な闘い、レビューを拝見し想像しただけでショックでした。
    大江健三郎さんの息子さんの障碍については知っていましたが、作品を読んだことはありませんでした。いつか読んでみたいと思っています。

  2. 紅い芥子粒2023-09-05 20:03

    morimoriさん、コメントありがとうございます。

    アイ、アイ、アイ、イヤー、イヤー、イヤー、イエー、イエ、イエ、イエー
    作者が書いた赤ん坊の泣き声です。生きたい、生きるんだという叫び声に聞こえました。

    大江健三郎の小説、ぜひお読みになってください。

  3. No Image

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