書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

紅い芥子粒
レビュアー:
百歳を超えた曾祖父が、小学生の曾孫を、ひいじいの手ひとつで育てている――この尋常ではない世界。
百歳を超えた義郎と、小学生の無名の物語である。
義郎と無名の関係は、曾祖父と曾孫。
無名という名前が変だ。
どこかの文豪の家に迷い込んだ子猫じゃあるまいし。
でも、もしかしたら、そういうつもりの名前なのかもしれない。
曾孫に無名という名前をつけたのは義郎で、義郎の職業は小説家だから。

われわれの常識では、子育ては父母がする。父母にのっぴきならない事情があれば、祖父母に託すことはあるだろう。
百歳を超えた曾祖父が、ひいじいの手ひとつで子育てするなんて、尋常ではない。
無名の母親は死に、父親は行方不明で、祖父母は沖縄に移住したという事情があったにしても。

そう、この小説の世界は、尋常ではないのだ。
われわれが当たり前と思っていることが、ことごとくひっくり返される。
たくみな言語使いの文章で、ぐいぐい読まされていくうちに、照らし出されてくる異様な世界は、明日のわたしたちの世界かもしれないと思う。

義郎は毎朝、駆け落ち(ジョギング)するほど元気な老人で、無名はひとりで着替えもできないほど体がぐにゃぐにゃで体力もない小学生だ。無名だけでなく、ここの世界の子どもはみんなそうなのだ。

なぜ、ジョギングのことを「駆け落ち」というのか。この国が、鎖国をしているせいで、外来語を、人々が使わなくなったからだ。
なぜ鎖国なんかしているのか。世界のどの国もたいへんな問題を抱えていて、自分のことだけでせいいっぱい。いつのまにかそうなったということらしい。
政府は民営化されていて、議会も選挙もあるにはあるが、どこでだれが何をどう決めているのかさっぱりわからない。そんな世の中なのだった。

義郎と無名は、東京暮らしだが仮設住宅に住んでいる。はっきりとは書かれてはいないのだが、大地震とか津波とか原発事故とかがあったらしい。
土は汚染され、野生動物もペットもほぼ絶滅した。
人口は激減していて、東京は過疎地。
太陽光で細々と発電しているので、夜は早々に暗くなる。
洗濯機も自動車も、過去の文明品。

何かの罰のように死なない(死ねない)老人と、すざましい速さで老化して、明日にも死んでしまいそうな子どもたち。
こんな世界に希望はあるのかと問えば、じゃあ希望って何と問い返されそうだ。

より豊かに、より便利に。より多く、より大きく、より速く。人間は欲望のままに他の生き物を犠牲にし自然を食いつぶして肥え太ってきた。降りかかった大きな災厄は自業自得で、これまでに積み上げてきた文明ががらがらと崩れ落ちても、また元にもどることは不可能で、わたしたちは、新しい世界にふさわしい希望を見出して生きるほかはないのかもしれない。
なんだかよくわからない結末だったが、そんなふうに思った一冊だった。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
投票する
投票するには、ログインしてください。
紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

読んで楽しい:5票
参考になる:27票
共感した:2票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『献灯使』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ