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Yasuhiroさん
Yasuhiro
レビュアー:
1950年代では決して許されない背徳のテーマをパトリシア・ハイスミスが偽名で美しく描き切った名作
  星落秋風五丈原さんが積極的にパトリシア・ハイスミスのレビューをされておられるのに刺激を受けて、私もダブっていないこの作品をレビューしたいと思います。

  ハイスミスは映画化されたヒッチコック監督の「見知らぬ乗客」やアラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」などが大ヒットしたため、映画原作者的な見方を長くされてきました。
  しかし彼女は自身の作品が映画化されるのも、「ミステリ作家」と呼ばれるのさえも嫌だったそうです。ですからデビュー間もない1952年に発表された本作も、その当時の倫理観に配慮してというよりは、「レズビアン作家」というレッテルが貼られるのが嫌が故に偽名で発表したと書いています。
  ちなみにクレア・モーガン名義で、当初の題名は「The Price of Salt」、現在ではハイスミス名義で「Carol」と改題されています。
 
  百貨店店員のアルバイトをしていた少女テレーズが買い物に来た美貌の富豪夫人キャロルと視線があった途端に恋に落ちるという、1950年当時では決して許されない女性の同性愛の物語ですが、ハイスミスはそれをギリギリの線(小説中のフレーズを借りれば'balanced on a thin edge')で発禁にならない程度に巧妙に描いています。

  ただ、まだ若書きの作品だけにやや不満もあります。率直なところ前半が冗長で退屈です。時系列に沿い、テレーズの生活とキャロルと出会ってからの男性恋人との離反、一方の離婚調停中のキャロルの生活や過去の女性アビーとの関係等が、やや暗い雰囲気の中で延々と語られ、キャロルの心中がなかなか見えてこないためにイライラしてしまいます。

 とは言え、そんな前半にも印象的な文章は散りばめられています。キャロルがテレーズを評する場面

Flung out of space.
(あなたはまるで、宇宙から降ってきたよう)

であるとか、テレーズがキャロルと会える喜びを自宅アパートでかみしめる場面

A world was born around her, like a bright forest with a million shimmering leaves.


であるとか、テレーズがキャロルに渡せずに後半で物語の鍵となるラブレターの文章

I feel I am in love with you, --- and it should be spring. I want the sun throbbing on my head like chords of music. I think of a sun like Beethoven, a wind like Debussy, and bird-calls like Stravinsky. But the tempo is all mine.


の得も言われぬ美しいフレーズであるとか。

  そして物語のハイライトとなるのはアメリカ西部への二人だけでの車旅行。これが始まるのが第二部もだいぶ経った所あたり。そこからは二人の心と体の距離の接近と愛の告白、幸福感に浸る二人に忍び寄る黒い影、そして破綻、テレーズの不信、とテンポよく話は進みます。

  そして最終章で物語は二転三転しますが、これは読んでのお楽しみ。

  同性愛を冷静に客観的にしかも美しく描いたこの物語は物議を醸しながらも大評判となり、当時では驚異的な100万部を超える大ヒットとなりました。ハイスミス自身のあとがきでも、告白できず孤独に苦しんでいた同性愛者から返事を書ききれぬほどの感謝の手紙が届いたと述べています。

  1950年代の文章ではありますが、今読んでも新鮮で、しかも比較的平易な文章で書かれています。ハイスミス・ファンなら読んでおきたい小説です。

  そしてこの作品も2015年ついに映画化され、キャロル役のケイト・ブランシェット、彼女に恋するテレーズ役のルーニー・マーラの二人のあまりの美しさと素晴らしい演技が大変な話題になりました。私もキャロルはケイト・ブランシェット以外ありえないと思うほど、脳裏に強烈に焼き付いてしまいました。リプリーと聞くとアラン・ドロンを思い出さざるを得ないように。
 
    • 2016年日本公開時ポスター
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Yasuhiro
Yasuhiro さん本が好き!1級(書評数:513 件)

馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8

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