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星落秋風五丈原
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だから そういう時は「わたし脱ぐわ」って言うのよヴィルジニー!
フランス島(現在のモーリシャス島)を足しげく訪れていた私が、荒れ果てた小屋の残骸を見て、偶々通りかかった老人に、住んでいた人について尋ねた所、語ってくれたのがこの話という構成で、話中話である。

 1726年、ノルマンディー生まれのラ・トゥールという男が妻を連れてやってきた。夫が貴族の出ではないということで結婚を親戚から反対された。男は妻を残してマダガスカルに向かい、奴隷を連れてきて農園を経営しようと考えていたが、マダガスカルで流行の熱病にかかって亡くなる。身重の身で残されたのは女性の奴隷マリーだけ。彼女がやってくる一年前、貴族の男に騙されたマルグリットという女性が息子を生んでいた。彼女はブルターニュ出身だが、未婚の母であることを知らない人達のいる土地を目指してこの島にやってきた。彼女にもまた男性奴隷のドマングがいた。二人は意気投合し、まだ人も少なかった島のある土地を二等分して小屋を建てた。その時に助けたのが語り手の老人である。やがてラ・トゥール夫人は娘を生む。娘はヴィルジニー、マルグリットの息子はポールと名付けられた。筒井筒の仲の二人は生まれた時から一緒に育ち、仲が良く、やがて異性として意識し合うようになる。
ふたりは、盗むべからず、という戒めを知らない。家ではすべてがみんなのものだったからだ。節度を守るべし、という戒めも知らない。質素なものではあるが、食べ物はふんだんにあったからだ。嘘をつくべからず、という戒めを知らないのは、何ひとつ隠し立てする必要などなかったからだ。親不孝をすると神さまの怖ろしい罰があたるよ、と脅かしても、ふたりはきょとんとしていた。母を慕う愛情は、ふたりのなかで子を慈しむ母の愛情にこたえて自然に湧きあがっており、親不孝とは何なのかわからなかったのだ。

生ける聖家族かあなたたち!と言いたいくらい性格が良い。良すぎる。両親同士も仲がいい。そのままゴールインすればよかったのだが、ラ・トゥール夫人は自分の死後ヴィルジニーがどうなるか心配になり、本国に住む独身の伯母に相談する。これが全ての不幸の始まりだった。見目好いヴィルジニーをどこぞの金持ちに嫁がせようと叔母が画策するが、これはさすがにヴィルジニーがうんと言わない。そしてヴィルジニーが島に帰る日に嵐が起こる。

 助かるチャンスがあったのに、ヴィルジニーは衣服を脱ぐのを頑なに拒む。本編では
たとえ世間にはびこる歪んだものの見方に毒されたわたしのような人間でも、自然のふところに抱かれ美徳に満ちた生活の幸福について聞かせてほしいのです。
どんなに栄華を誇った大帝国の記憶も、非情な時の流れのなかでまたたくまに風化していく。だがこの僻地に咲いた友情の記憶は時を経ても色褪せることはなく、私は命あるかぎり哀惜の思いに身を苛まれるにちがいない。

のように、自然=善、都会&文明=悪と見做している。都会で行儀見習いを習ったが故にヴィルジニーが亡くなった-つまり、文明が彼女を殺したという穿った見方もできる。しかし切羽詰まった時、人はなりふり構わず生きたいと思うのではないだろうか。

後半、ヴィルジニーを失い嘆くポールに、彼女ならこう言っただろう、と語り手たる老人が延々かき口説く場面がある。
だからポール、あなたも与えられた試練に耐えて。そしてあたしのところにきて。そうすれば終わることのない愛と、永遠の婚姻の絆で、あなたのヴィルジニーをもっともっと幸福にしてくれることになるのよ。ここにきてくれたら、あなたのつらい心をいやしてあげる。あなたの涙をぬぐってあげる。ああ、いとしいポール、あたしの夫となるあなた、どうかその心を無限のほうへ高めて、一時の苦しみに耐えてちょうだい

言いながら胸が詰まる。きっと涙も流した。涙涙の感動場面。それはわかる。しかし、ヴィルジニーの声音で、女言葉で、いいおじさんに目の前で泣かれて、今まで何人もに言われたことを言われてみ?ポールも泣かず怒り出す。そりゃそうだろ。誰が泣くよ。

 いたよ泣く自己陶酔おっさん二人。物語では孤島を楽園に描いていた作者だが、実際は人とうまくいかない性格が災いして、島で酷い目に遭っている。本書のファンで作者を厚遇したナポレオンも、セントヘレナ島で孤独な最期を遂げる。物語と事実が悉く相反しているが、二人ともこの世にない孤島に楽園を見出したのだ。
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2327 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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