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hackerさん
hacker
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「悪いのはいつだって、こちとらなんだ。いいか、バクハ、どんなことがあっても上のカーストの人たちには逆らうんじゃないぞ」(本書の主人公の父親の言葉)
新月雀さんとぷるーとさんの書評で、本書のことを知りました。感謝いたします。

作者М.R.アナンド(1905-2004)は現在のパキスタン出身ですが、本書は1935年にロンドンで出版されました。E.M.フォースターが序文を書いているのですが、まず、そこから少し引用します。

「われわれ(西欧人)は小さい時から排便は恥ずかしいことだと教えられ、そこから心身共に非常に有害なものが生れ、近代的教育でそれを克服しなければならないものとされてきた(中略)
だが、インド人の観点は異なっている。東洋人の大半がそうであるように、インド人も便通を睡眠と同様必要かつ自然なものとして受け入れ、われわれのようにコンプレックスを全く感じていない。
その反面、彼らは西欧にはない恐るべき悪夢を造り出した。即ち、排泄物は身体的に不快なばかりか宗教的にも不浄であり、それを運ぶか処理するものは社会から疎外されなくてはならぬ、という信条である。実際これほど悪魔的な考えは誰も、何ものも思いつくことはできないだろう。小説の中でいっているように正に『おれたちは、あの人たちの汚物をきれいに処理しているからこそ”穢れ”ているんだ』
カースト的清掃夫は奴隷よりも悪い。奴隷は主人や仕事を変えたり、自由になることすら可能だ。しかし”清掃夫”は永久に清掃夫でしかなく、その状態から逃れられず、社会的交際も宗教的慰めからも断たれたままである。彼の存在そのものが不潔で、触れれば他人を穢す存在でしかない。触れられたものは”浄め”を行い、一日の計画を立て直さなければならない。だから清掃夫が往来を歩く時、オーソドックスヒンズーにとってその存在は悩ましくぞっとするものであり、それ故に彼は歩きながら”穢れ”が近寄りますとひとびとに警告を発しなければならないのである」

本書は父親が清掃夫であり、自らも同じ生き方をせざるを得ない不可触民バクハの、正に人間扱いされていない日常生活を描いたものです。不可触民の現実の姿を、そのまま描いたものですが、フォースターは次のようにも書いています。

「この小説はインド人にしか、それも”不可触民”でない外側に住むインド人にしか描きえないものである。どれほど同情的であってもヨーロッパ人にはバクハという人物は創造できない。彼の苦しみを味わい尽くすことができないからである。また”不可触民”にも書けないであろう。余りの憤りと自分への憐れみの感情が先立ちすぎるであろうからである」

では、作者はどんな人物だったのでしょうか。英文Wikipediaによると、彼は上級カーストで、地元のカレッジを卒業後、イギリスへ移住し、ケンブリッジ大学で博士号を取っています。最初に書いたエッセーは「イスラム教徒の女性と食事を共にしたために家族から破門された叔母の自殺」を語ったものでした。インド独立運動にも積極的に参加し、ガンジーとも親交があったそうです。1947年にインドに戻りましたが、生涯を通じて、多数の作品を発表し、イギリスとインドでは高い評価を得ているようですが、日本で翻訳が出ているのは、本書だけのようです。

あまり露骨に他国の人に具体的なことが知られていなかった不可触民の実態を知らしめた、という点で本書の意義ははかりしれないものがありますし、小説ではあるものの、過去の不幸な歴史の証言の書でもあります。ただ、不満がないわけではありません。実は、作中にはガンジーが登場し、「不可触民制の廃止」を訴えるのですが、その制度がヒンズー教と密接に関わっている点については、宗教の問題ではなく、人間の問題だというようにすり替えています。私が理解している限りでは、不可触民に限らず、カースト制度は職業と貴賤が結びついたヒンズー教の教えから来ており、そこを認めない限りは、本質的な解決にならないと思うのです。ガンジーも作者も、そこまでは踏み込んでいないのは残念です。キリスト教については、あまりにも現地の宗教観と違いすぎて、インドでは広がるはずがないという主張を展開しているのですから、やっても良いのにと、私などは思ってしまいます。

不可触民制度は、1950年の憲法によって廃止されましたが、ヒンズー教の非を公にはしていないでしょうし、数百年にわたって国民に沁みついた考え方を無くすには、相当の時間がかかるでしょう。しかし、フォースターの序文は、次のように終わります。

「彼(バクハ)の一日はかくして終り、翌日もまたそのように暮れてゆくだろう。しかし、たとえ深い空のようにではなくとも、この地表にも変化はやがて訪れるにちがいないのだ」

そうなることを望みます。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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