バルバルスさん
レビュアー:
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”教養を避ける者は人間のクズだぞ!!”
冒頭から読者を圧倒するウェスウィウス(ヴェスヴィオ)大噴火。吹きあがる噴煙、降り積もる火山灰、頭上に襲い来る岩石・・・。それらを恐怖以外の目で見上げる唯一のローマ人の姿があった。名はガイウス・プリニウス・セクンドゥス。ローマ艦隊司令長官にして当代一の知識人、そして変人。
この変人は、周囲が避難準備に忙殺される中で噴火の観察に明け暮れ、あろうことか風呂と晩餐を所望する。いったいこの男は何を考えているのか・・・。呆気にとられる周囲をよそに、彼の秘書エウクレスだけが冷静だった。この変人、あ、いや主人はいついかなる時もこうだった。そういえば初めて出会った時も・・・ エウクレスの回想から、物語は始まる。
『テルマエ・ロマエ』で有名なヤマザキマリが『博物誌』の著者として有名な大プリニウスを描く。
とはいえローマ史上の主だった政争にも戦争にも大した関わりあいのないプリニウスの人生行路はハッキリ言って地味そのもの、こんな男(←失礼)の人生を描いた漫画なんて面白いのか? というのは当然の疑問だろう。
大丈夫、面白いよ。
本作はストーリーで魅せる物語ではないから、派手派手しい戦闘も華やかな恋愛もおどろおどろしい政争も滑稽なコメディシーンも(少なくとも本巻には)ない。ただ繊細で美麗な筆致で描き出される古代ローマの世界観を呼吸すればいい。古代ローマのことを良く知らない? プリニウスや『博物誌』も名前ぐらいしか知らない?
大丈夫。
本作の主人公である知を愛する”変なオジサン”プリニウスが案内するのは、虚と実の入り混じった妖しい世界。現代人から見ればオカルティックな記述も多々ある『博物誌』、しかし愉しいことでは比類ない『博物誌』、そんな合理的な科学も非合理的な伝説も等しく追究する、自由で柔軟で貪欲な『博物誌』を著したプリニウスの目を通して闊歩する世界が面白くないわけはない。ローマ史に対する素養がなくたって、”未知”に対する好奇心が豊富で、周囲から変な目で見られてもお構いなしに他者にはどうでもいいものを興味津々にいじくりまわすスキモ・・・あ、いや、
・・・いや、スキモノだな・・・
にとっては偉大な先達であるプリニウスとともに歩く、噎せそうなほど濃密な、妖しく愉しい世界。
***
本作は粗筋を紹介したってしょうがないんである。しょうがないんだけど、次巻以降をレビューするときに話の接ぎ穂に困るのでざっくりと各章をご紹介。
【1.ウェスウィウス】
冒頭ご紹介したウェスウィウス大噴火を前に泰然たる態度で周囲を呆れさせるプリニウス。そんな主人を見守る口述筆記係エウクレス。
【2.マグナ・グラエキア】
二人の出会いと共鳴を描く。古のギリシア人入植者たちによって築かれた街々ーマグナ・グラエキアー出身のエウクレスは途方に暮れていた。弱冠18歳にして、エトナ山の噴火の被害で家財のすべてを失ってしまったのだ。わずかに残ったのは噴火直前に病死した父の形見のタブラエ(手帳)のみ。そんな彼の前に表れたのはシチリア属州総督代行として同地の被災状況把握にやって来たプリニウスだった。
【3.ネロ】
ネロは激怒した。必ず、かの無礼千万の男を呼び戻さねばならぬと決意した。ネロには政治がわからぬ。ネロは、ローマの皇帝である。が、竪琴を弾き、歌を吟じて暮らして来た。そして他人の評価には、人一倍に敏感であった。 プリニウスはそんなネロの主催する演奏会を散々口実を設けてはバックレていた。今度こそは勘弁ならぬ。ネロはプリニウスのローマへの召喚を決意する。
【4.カティア】
視察の一環として港町カティアに到着したプリニウス一行、そこに待っていたのはローマ人の誰もが怖れる皇帝ネロからの召喚命令だった。
あ、そう。私は水揚げされたばかりのマグロが食いたいのだ、話はそれから・・・むっ、海に怪物が現れただと? こうしちゃおれん、見に行くぞ! なに?即刻の帰還命令です、だと? 怪物を見る方が先だ!
【5.ローマ】
ネロには父も、母も無い。―いや、母は自ら亡き者にしたのである。 女房も無い。―いや、女房は自ら島流しにしたのである。そんなネロは頻繁に悪夢にうなされた。眠る自分に覆いかぶさる血塗れの母の怨霊に悩まされた。愛妾ポッパエアの肉体も彼の心を癒すには至らない。日に日に彼の苛立ちは増すばかりだった。窮迫する国境紛争、自分を馬鹿にする知識人たち、なにもかもが厭わしく、苛立たしい。召喚命令を出したにもかかわらず一向に到着しないプリニウスも苛立たしい・・・。
プリニウス「おい、これはきっとマンドラゴラだぞ、うむ、きっとここにも・・・。 むっ地震、だがなぜこの神殿だけ揺れないのだ?私、気になります! なに、海が溢れる?馬鹿もんあれは津波だ! 早く逃げるぞ!」
【6.プテオリ】
急げ急げと言ったって温泉があると聞いちゃあ放っておけまい。なに、最近湧き出した温泉だと? ううむ、温泉とは地下水が火山の熱で温められたものだと思っておったが、このあたりには火山などないというのに面妖なことだな。それとも火山によって温められた地下水という認識が間違っておったのか・・・ぶつぶつ・・・この辺の山といえば緑豊かなウェスウィウス山しかないというのに・・・ぶつぶつ・・・まあよい。
いやー良い湯だ。
【7.パラティヌス】
宇宙の外側には何があるのであろうな。それはきっと人間精神の理解を越えるものであり、永遠、神聖、有限にして無限なる・・・
ええ? うるさいなもう、すぐ近くまで来ちゃったけど帰りたくないからこうやってグズグズしとるんだろうが! ああ、ああ、わかったよ! とりあえず日が出てるうちは道が混むから日が暮れたらローマに入りますー! 入りますったら入りますー!
夜のローマは治安が悪いから心するのだぞエウクレス。ほら、ああいうガラの悪いゴロツキが・・・げっ、陛下。
ガラの悪い陛下「ようプリニウス」
***
ついにローマに帰還した(帰還してしまった)プリニウスは思わぬ場所でネロに再会する(してしまう)。果たして暴君の支配する魔都ではどのようなドラマが展開するのか。そしてポッパエアやヴェスパシアヌスも登場するネロ宮廷に例のあの方は姿を現すのだろうか。
誰のことかって?
我らがペトロニウス様(※)に決まってるだろ!
・・・どうも取り乱しました。
※ペトロニウス様・・・古代ローマの風刺小説『サテュリコン』の作者として知られ、シュンケヴィッチ作『クオ・ヴァディス』で強烈な存在感を放つイカしたオヤジ。美の審判者の異名を持つ。
この変人は、周囲が避難準備に忙殺される中で噴火の観察に明け暮れ、あろうことか風呂と晩餐を所望する。いったいこの男は何を考えているのか・・・。呆気にとられる周囲をよそに、彼の秘書エウクレスだけが冷静だった。この変人、あ、いや主人はいついかなる時もこうだった。そういえば初めて出会った時も・・・ エウクレスの回想から、物語は始まる。
『テルマエ・ロマエ』で有名なヤマザキマリが『博物誌』の著者として有名な大プリニウスを描く。
とはいえローマ史上の主だった政争にも戦争にも大した関わりあいのないプリニウスの人生行路はハッキリ言って地味そのもの、こんな男(←失礼)の人生を描いた漫画なんて面白いのか? というのは当然の疑問だろう。
大丈夫、面白いよ。
本作はストーリーで魅せる物語ではないから、派手派手しい戦闘も華やかな恋愛もおどろおどろしい政争も滑稽なコメディシーンも(少なくとも本巻には)ない。ただ繊細で美麗な筆致で描き出される古代ローマの世界観を呼吸すればいい。古代ローマのことを良く知らない? プリニウスや『博物誌』も名前ぐらいしか知らない?
大丈夫。
本作の主人公である知を愛する”変なオジサン”プリニウスが案内するのは、虚と実の入り混じった妖しい世界。現代人から見ればオカルティックな記述も多々ある『博物誌』、しかし愉しいことでは比類ない『博物誌』、そんな合理的な科学も非合理的な伝説も等しく追究する、自由で柔軟で貪欲な『博物誌』を著したプリニウスの目を通して闊歩する世界が面白くないわけはない。ローマ史に対する素養がなくたって、”未知”に対する好奇心が豊富で、周囲から変な目で見られてもお構いなしに他者にはどうでもいいものを興味津々にいじくりまわすスキモ・・・あ、いや、
・・・いや、スキモノだな・・・
にとっては偉大な先達であるプリニウスとともに歩く、噎せそうなほど濃密な、妖しく愉しい世界。
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本作は粗筋を紹介したってしょうがないんである。しょうがないんだけど、次巻以降をレビューするときに話の接ぎ穂に困るのでざっくりと各章をご紹介。
【1.ウェスウィウス】
冒頭ご紹介したウェスウィウス大噴火を前に泰然たる態度で周囲を呆れさせるプリニウス。そんな主人を見守る口述筆記係エウクレス。
【2.マグナ・グラエキア】
二人の出会いと共鳴を描く。古のギリシア人入植者たちによって築かれた街々ーマグナ・グラエキアー出身のエウクレスは途方に暮れていた。弱冠18歳にして、エトナ山の噴火の被害で家財のすべてを失ってしまったのだ。わずかに残ったのは噴火直前に病死した父の形見のタブラエ(手帳)のみ。そんな彼の前に表れたのはシチリア属州総督代行として同地の被災状況把握にやって来たプリニウスだった。
【3.ネロ】
ネロは激怒した。必ず、かの無礼千万の男を呼び戻さねばならぬと決意した。ネロには政治がわからぬ。ネロは、ローマの皇帝である。が、竪琴を弾き、歌を吟じて暮らして来た。そして他人の評価には、人一倍に敏感であった。 プリニウスはそんなネロの主催する演奏会を散々口実を設けてはバックレていた。今度こそは勘弁ならぬ。ネロはプリニウスのローマへの召喚を決意する。
【4.カティア】
視察の一環として港町カティアに到着したプリニウス一行、そこに待っていたのはローマ人の誰もが怖れる皇帝ネロからの召喚命令だった。
あ、そう。私は水揚げされたばかりのマグロが食いたいのだ、話はそれから・・・むっ、海に怪物が現れただと? こうしちゃおれん、見に行くぞ! なに?即刻の帰還命令です、だと? 怪物を見る方が先だ!
【5.ローマ】
ネロには父も、母も無い。―いや、母は自ら亡き者にしたのである。 女房も無い。―いや、女房は自ら島流しにしたのである。そんなネロは頻繁に悪夢にうなされた。眠る自分に覆いかぶさる血塗れの母の怨霊に悩まされた。愛妾ポッパエアの肉体も彼の心を癒すには至らない。日に日に彼の苛立ちは増すばかりだった。窮迫する国境紛争、自分を馬鹿にする知識人たち、なにもかもが厭わしく、苛立たしい。召喚命令を出したにもかかわらず一向に到着しないプリニウスも苛立たしい・・・。
プリニウス「おい、これはきっとマンドラゴラだぞ、うむ、きっとここにも・・・。 むっ地震、だがなぜこの神殿だけ揺れないのだ?私、気になります! なに、海が溢れる?馬鹿もんあれは津波だ! 早く逃げるぞ!」
【6.プテオリ】
急げ急げと言ったって温泉があると聞いちゃあ放っておけまい。なに、最近湧き出した温泉だと? ううむ、温泉とは地下水が火山の熱で温められたものだと思っておったが、このあたりには火山などないというのに面妖なことだな。それとも火山によって温められた地下水という認識が間違っておったのか・・・ぶつぶつ・・・この辺の山といえば緑豊かなウェスウィウス山しかないというのに・・・ぶつぶつ・・・まあよい。
いやー良い湯だ。
【7.パラティヌス】
宇宙の外側には何があるのであろうな。それはきっと人間精神の理解を越えるものであり、永遠、神聖、有限にして無限なる・・・
ええ? うるさいなもう、すぐ近くまで来ちゃったけど帰りたくないからこうやってグズグズしとるんだろうが! ああ、ああ、わかったよ! とりあえず日が出てるうちは道が混むから日が暮れたらローマに入りますー! 入りますったら入りますー!
夜のローマは治安が悪いから心するのだぞエウクレス。ほら、ああいうガラの悪いゴロツキが・・・げっ、陛下。
ガラの悪い陛下「ようプリニウス」
***
ついにローマに帰還した(帰還してしまった)プリニウスは思わぬ場所でネロに再会する(してしまう)。果たして暴君の支配する魔都ではどのようなドラマが展開するのか。そしてポッパエアやヴェスパシアヌスも登場するネロ宮廷に例のあの方は姿を現すのだろうか。
誰のことかって?
我らがペトロニウス様(※)に決まってるだろ!
・・・どうも取り乱しました。
※ペトロニウス様・・・古代ローマの風刺小説『サテュリコン』の作者として知られ、シュンケヴィッチ作『クオ・ヴァディス』で強烈な存在感を放つイカしたオヤジ。美の審判者の異名を持つ。
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読書とスター・ウォーズをこよなく愛するもと本嫌いの本読みが知識もないのに好き放題にくっちゃべります。バルバルス(barbarus)とは野蛮人の意。
周りを見渡すばかりで足踏みばかりの毎日だから、シュミの世界でぐらいは先も見ずに飛びたいの・・・。というわけで個人ブログもやり始めました。
Gar〈ガー〉名義でSW専門ブログもあり。なんだかこっちの方が盛況・・・。ちなみにその名の由来h…(ry
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- 出版社:新潮社
- ページ数:200
- ISBN:9784107717573
- 発売日:2014年07月09日
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