あかつきさん
レビュアー:
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ぞっとするほど美しく、泣きたくなるほど懐かしく、震えるほどの官能を秘めた童話。
海の響きが陰鬱に繰り返される中、身も心も鳥へと化身していく少女の姿は、呪わしくも美しい。
ふみは、美しい娘だった。
目は大きく黒く、髪はしっとりと輝き、海辺に独り佇む姿は白鳥のようだった。
ただ、父のないその家庭は、貧しかった。
そのふみが十三のとき、姿を消した。
娘がひとり消えた村に、海の波は毎日のったりと寄せては返し、毎朝何事もなく日は昇り、くる日もくる日も海は凪いでいた。
八日目の晩、ふみは還って来た。
喜ぶ母親に、ふみはぶるぶると震えながら、青ざめた唇で呟いた。
ーーわたし、いま、シギの家から、にげてきた。
日常の中に、するりと悪意なく忍び込む異境の世界。
ものいう獣、具象化する精霊たち。
彼らが人間の世界に迷い込んだのではない。
人間たちこそがこの世界の異物なのだ。
それに気づいた時、美しい世界はその本性をあらわにする。
八日前の昼、独りで貝を拾っていたふみに、鳥のシギが声を掛けたのだという。
ーー僕の家に来たら、もっともっと綺麗なものをあげる。
そう言って飛びだったシギを、ふみは思わず追いかけた。
翼を広げるとシギの姿は驚くほど大きく見え、ふみが分け入る茂みはどんどん高さを増し、走って走ったその奥に、小さな家があった。
ーーあんたのために、こしらえたんだよ。
シギは、嬉しそうにそう言った。
ふみのために、シギは宝石よりも真珠よりも美しい光る玉を海から拾って来た。
光る玉は、海の中に浮かんでおり、それを探し当ててくちばしの中で温めると、ひとりでに光る玉になるのだという。
朝の海で温めた玉は金色に。
夕方の海で温めた玉はばら色に。
夜の月光の中で温めた玉は青色に。
玉を持ち帰るごとにシギは窶れていったが、ふみは光る玉に夢中だった。
そんなふみに、シギは言った。
ーーもうすぐ、首飾りができるねぇ。
ーー首飾りが出来たら、あんたも鳥になって、ついてきてくれるね。
その言葉に急に恐ろしくなったふみは、シギを騙した隙に家を抜け出した。
後ろで、風が鳴っていた。
シギの鳴き声に、似ていた。
それから二年ーー。
ふみは更に美しく成長していたが、その美しさは何処か不吉であり、鳥に魅入られた娘として村人たちからは敬遠されていた。
孤独と貧しさの中、病気の母親を支えながら、ふみは思い出す。
シギの小さな暖かな家のこと。舶来物の家具。美味しかった料理。
そして、自分のために、何度も何度も夜の海に入って、身を窶れさせながら光る玉を拾ってきてくれたシギのこと。
恐ろしいほどまっすぐに自分を見つめていた、あの瞳のこと。
なぜ、あの瞳を怖いと思ったのだろう。
なぜ、あの申し出を恐れて逃げたのだろう。
シギに魅入られた美しい少女。
少女の潔癖さと母恋しさが一度はシギの元を去らせるが、その成長とともに、異性への恐怖は薄れ慕わしさが募ってくる。
そこにはもう、病身の母や、幼い弟妹達へ割く心は残っていない。
ぞっとするほど美しく、泣きたくなるほど懐かしく、震えるほどの官能を秘めた童話。
海の響きが陰鬱に繰り返される中、身も心も鳥へと化身していく少女の姿は、呪わしくも美しい。
目は大きく黒く、髪はしっとりと輝き、海辺に独り佇む姿は白鳥のようだった。
ただ、父のないその家庭は、貧しかった。
そのふみが十三のとき、姿を消した。
娘がひとり消えた村に、海の波は毎日のったりと寄せては返し、毎朝何事もなく日は昇り、くる日もくる日も海は凪いでいた。
八日目の晩、ふみは還って来た。
喜ぶ母親に、ふみはぶるぶると震えながら、青ざめた唇で呟いた。
ーーわたし、いま、シギの家から、にげてきた。
日常の中に、するりと悪意なく忍び込む異境の世界。
ものいう獣、具象化する精霊たち。
彼らが人間の世界に迷い込んだのではない。
人間たちこそがこの世界の異物なのだ。
それに気づいた時、美しい世界はその本性をあらわにする。
八日前の昼、独りで貝を拾っていたふみに、鳥のシギが声を掛けたのだという。
ーー僕の家に来たら、もっともっと綺麗なものをあげる。
そう言って飛びだったシギを、ふみは思わず追いかけた。
翼を広げるとシギの姿は驚くほど大きく見え、ふみが分け入る茂みはどんどん高さを増し、走って走ったその奥に、小さな家があった。
ーーあんたのために、こしらえたんだよ。
シギは、嬉しそうにそう言った。
ふみのために、シギは宝石よりも真珠よりも美しい光る玉を海から拾って来た。
光る玉は、海の中に浮かんでおり、それを探し当ててくちばしの中で温めると、ひとりでに光る玉になるのだという。
朝の海で温めた玉は金色に。
夕方の海で温めた玉はばら色に。
夜の月光の中で温めた玉は青色に。
玉を持ち帰るごとにシギは窶れていったが、ふみは光る玉に夢中だった。
そんなふみに、シギは言った。
ーーもうすぐ、首飾りができるねぇ。
ーー首飾りが出来たら、あんたも鳥になって、ついてきてくれるね。
その言葉に急に恐ろしくなったふみは、シギを騙した隙に家を抜け出した。
後ろで、風が鳴っていた。
シギの鳴き声に、似ていた。
それから二年ーー。
ふみは更に美しく成長していたが、その美しさは何処か不吉であり、鳥に魅入られた娘として村人たちからは敬遠されていた。
孤独と貧しさの中、病気の母親を支えながら、ふみは思い出す。
シギの小さな暖かな家のこと。舶来物の家具。美味しかった料理。
そして、自分のために、何度も何度も夜の海に入って、身を窶れさせながら光る玉を拾ってきてくれたシギのこと。
恐ろしいほどまっすぐに自分を見つめていた、あの瞳のこと。
なぜ、あの瞳を怖いと思ったのだろう。
なぜ、あの申し出を恐れて逃げたのだろう。
シギに魅入られた美しい少女。
少女の潔癖さと母恋しさが一度はシギの元を去らせるが、その成長とともに、異性への恐怖は薄れ慕わしさが募ってくる。
そこにはもう、病身の母や、幼い弟妹達へ割く心は残っていない。
ぞっとするほど美しく、泣きたくなるほど懐かしく、震えるほどの官能を秘めた童話。
海の響きが陰鬱に繰り返される中、身も心も鳥へと化身していく少女の姿は、呪わしくも美しい。
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色々世界がひっくり返って読書との距離を測り中.往きて還るかは神の味噌汁.「セミンゴの会」会員No1214.別名焼き粉とも.読書は背徳の蜜の味.毒を喰らわば根元まで.
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