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ゆうちゃん
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チップス先生ことチッピング氏。その名の通り平凡な人らしいが、教師としては長年の努力の積み重ねで評価されてきた人物である。殆ど、彼の回想が占める感動の物語。
こちらも「やりなおし世界文学」の一冊

実は題名だけは知っていたが、こちらのサイトに上がる書評で著者名と粗筋をやっと知ったというのが自分の現状。このコミュニティのコンセプトは「名前だけは知っている」・・・古今東西あの名作、この話題作を肩肘張らずに楽しんでみよう!ということで、自分にはうってつけの本だった。実はこのコミュニティには、既読の本から、存在自体も知らない小説も多くその観点ではこれらの中間に位置して「丁度良い」小説である。

主人公の本名はチッピングで、皆にチップス先生と呼ばれる老人。1848年生まれの彼が80代の老境に入り過去を回想する話。新任教師としてブルックフィールド校に赴任した頃は野心もあったが、30代で自分の能力を弁え、40代では他校への栄転もないだろうと出世を諦めた。その後はブルックフィールド校にしっかり根を下ろし、65歳で迎えた退職の頃には、その学校の生き字引となり、退職後も学校の向かいのウィケット夫人の家に間借りし、元名物教師として毎年入って来る生徒との交流をしている。チップス先生は一目置かれるものの、抜きんでた才能に恵まれることはなく、どちらかというと平凡で堅実な、当時の英国そのもののような先生である。因みにブルックフィールド校自身、エリザベス朝期に設立された伝統ある学校にも関わらず、盛衰を経験し、イートン校やハーロウ校の後塵を拝し、一流校にはなり切れない学校と言う設定である。
チップス先生の私生活上の最も大きな出来事は40代での結婚である。夏休みの山行先で知り合った25歳のキャサリンと恋に落ちる。中庸で保守的な彼に対して、キャサリンは女性の大学入学や参政権の付与を求めるなど「新しい女性」だった(英国で最初に女性参政権が認められたのは1918年)。チップス先生とはソリが合わないはずが、彼女との会話が楽しく、キャサリンの方も退屈な中年と思った男との話が意外と楽しかった。ふたりはすぐに結婚し、ブルックフィールド校の舎監アパートで暮らす。結婚前夜、キャサリンの許をチップス先生が去るときに彼女はおどけて「チップス先生、さようなら」と言った。学校でもキャサリンは人気者。彼女は先進的な改革を志し、その多くにチップス先生も賛同した。だがチップス先生の結婚生活は短かった。回想の頃の年代になるとキャサリンを覚えている者もおらず、チップス先生は生涯独身だったのだ、と殆どの人は考えていた。
教師としての大きな出来事は、2度の臨時校長を務めたこと、そして彼の3人目の上司ロールストン校長との対立、第一次世界大戦である。効率を重視するロールストン校長は古いタイプの教師チップス先生を煙たがり、退職を迫った。しかしその噂が広まると、在校生や親、同僚教師たちが結束してチップス先生を守ってくれた。第一次世界大戦では、ブルックフィールド校も多くの生徒を戦地に送ってしまった。この頃にはチップス先生は定年退職をしていたが、四代目の上司でもあったチャタリス校長の求めに応じて、応召した若い教師たちを補充するために、代講をした。チャタリス校長は、日曜の礼拝の後、この学校出身の生徒で戦死した者の名を読み上げていたが、チャタリス校長が急死すると、チップス先生は臨時校長となり、その悲しい役を果たさねばならなかった。ある日、戦前にこの学校のドイツ語教師で、年齢差がありながらもチップス先生とは親しい中だったシュテーフェル先生が西部戦線で戦死したと手紙を貰った。チップス先生は独断でブルックフィールド校出身者の戦没者名とともに、その戦死のことも報告する。生徒の中には敵の名を読むのはおかしいという者もいたが・・。

ブルックフィールド校は二流とは言え良家の子弟を預かる学校。キャサリンの提案で、労働者地区の学校と、階級差を乗り越えてサッカーの試合をさせる場面は感動的である。キャサリンというキャラクターのお陰でチップスのキャラクターが良い方向に変化して小説を面白くしている。キャサリンが登場する場面の占める割合は小さいが「チップス先生、さようなら」と言う題名を彼女に言わせているのだから重要な役と言える。この言葉はもう一度ある生徒が口にするが、それは読んでお楽しみにしたい。
チッピングだが、自分が身を置いた半導体分野の技術用語では「チップ(半導体)の端面の欠けた部分」と言う意味になる。大した物ではないという意味もありそうで、これがチップス先生の本質なのだろう。だが、人は常に偉人から教わる訳ではなく、教師一般もまた普通の市井の人である。ところが先生と言う職業は、今では大変なだけで報われない仕事の代名詞となってしまったが、本来は若い人に人格の刻印を与えることができる稀有な職業と言える。そうした仕事を端的に示した小説ではないだろうか。多くの人が、そのようにして読むのだろうが、自分も、最も影響を与えてくれた先生(小学校2年の時の担任の先生)のことを思い浮かべながら読んだ。
だが正直に書けば、チップス先生のユーモア、冗談についてはわからぬとは言わないものの、あれがどうしてそんなに爆笑を誘うほど受けるのだろう、とは思った。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1696 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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