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ぽんきち
レビュアー:
文化大革命の頃の中国の貧村を舞台とする。ぎりぎりの生活の中、人々に残るのは、食欲と性欲と若干のユーモア、そしてそれぞれが胸に秘める「真心」か。
全30話からなる短編小説集のようでもあるが、それぞれは淡くリンクし、読み終わると連作一大長編としての姿が見えてくる。
目次に続く登場人物紹介の人数の多さにいささかひるむが、それらの覚えにくい名前も行きつ戻りつしながら読み進めていくと次第に何となく呑み込めてくる。
舞台は1970年代の中国の架空の村ウェンジャーヤオ。山西省あたりがモデルとされる。
人々は非常に貧しい。国家によって支給される穀物は、せいぜい餓死しないことが保証される程度である。日々の糧は燕麦やトウモロコシの粉の薄い粥。人々にとって一番のごちそうは、油糕(キビの粉を練り、小豆などの餡を入れて揚げた餅)だが、食用油は1人1年に250グラムの配給となれば滅多なことで食べられるものではない。

貧しさはロマンスを許さない。惚れた腫れたで結婚はできない。嫁をもらうには二千元という大金がいる。この寒村でその金を払えるものは多くない。
結果、村には多くの独身男が溢れ、あるいは女房を兄弟で「共有」し、あるいは富めるものの女房の隠れた「愛人」となり、あるいは思いを寄せた娘が炭坑の町に嫁ぐのを涙で見送る。
まさに「闇夜におまえを思ってもどうにもならない」のだ。

作中の村は架空の村だが、著者が警察官として務めた村で見聞きした事柄を丹念に掬い取った作品群である。ストーリーは寒村の日常の一コマ一コマなのだが、著者の透徹した眼力を感じさせる描写が、登場人物たちの心情や容貌をくっきりと描き出す。

絶望的なまでの貧しさだが、それでも日々の暮らしにはどこか笑いもある。どこに到達するのかさっぱりわからないけれども、何だかふわりとした希望もある。貧しさという「闇夜」は明けないかのように思われながら、どこかに「おまえ」と呼べるやわらかな人のぬくもりが感じられるような、不思議な感触がある。
余分なものを削ぎ落としたような悲喜劇には、何だか人間の強さを感じさせるずしんとした手応えがある。

最後の1編は、それまでの集大成のようないささか長い物語である。
幾分か性欲が強すぎ、幾分か鼻っ柱も強すぎ、おそらく幾分か考えが甘かった若者が、自分の行為の代償として、過酷な運命を辿る。悲劇へと向かう怒濤の展開に、いくら何でもそんな目に遭わねばならぬほどこの若者が悪かったのか?とめまいを感じる。だが、そこにもいくばくかの救いが残される。いや、救いといってよいのかわからないほど微かだが、号泣で終わるのではなく、泣き笑いの余地が残される。

途方に暮れるほどの貧しさ、下品な罵り言葉の頻発、過酷な運命。
「姥捨て」こそ出てこないが、「楢山節考」を少々思い出させる。
好き嫌いは分かれそうだが、一種忘れがたい読後感である。
巻末の「付録」は、日本人読者にはいささか馴染みの薄い作品背景を知る手引きとして、親切で秀逸。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1821 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)、ひよこ(ニワトリ化しつつある)4匹を飼っています。


*能はまったくの素人なのですが、「対訳でたのしむ」シリーズ(檜書店)で主な演目について学習してきました。既刊分は終了したので、続巻が出たらまた読もうと思います。それとは別に、もう少し能関連の本も読んでみたいと思っています。

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