祐太郎さん
レビュアー:
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伊藤比呂美は生で切腹を見た。森鴎外の描く死に急ぐ切腹と著者の夫の緩慢なる介護死から「死」とは何かを「考える」のではなく「感じる」1冊
時代劇で「切腹」の映像を見た人は多いですが、生で切腹を見たことのある数少ない人はず。その一人が著者・伊藤比呂美。取材で切腹愛好家が腹を切るのを見たのだそうです。ただし、私にとって、それが切腹と言えるのかは疑問です。なぜなら、内科医でもあるその切腹者は内臓を痛めることなく、横に切った時点で刀を抜いています。つまり、死ぬことを前提としない切腹なのです。
さて、切腹とは関係なく、著者がたどり着いたのは森鴎外です。「関係なく」と書きましたが、森鴎外の作品には切腹や人を斬るシーンはたくさんあります。その際たるものは『阿部一族』でしょう。彼らが腹を切ったり、人を斬ったり斬られたりするのは伊達酔狂ではなく、死に急ぐ命のやりとりです。内科医の切腹とは異なります。森鴎外は非常に静かにこのやりとりを描きます。擬音語・擬態語は使いません。幕末に津和野藩の典医の家で生まれた鴎外にとって、武士と刀のやり取りは、非常に近しい存在だったのかもしれません。
一方、20年前に渡米した著者が現地で結婚した画家である夫が死を迎えようとしていました。転倒から歩行が困難になり、やがて寝たきりに。そして、病院と老人施設を行ったり来たりする生活。夫は明らかにうつ状態担ってしまい、著者はホスピスと契約を結び、施設から在宅での終末介護を選びます。
死に急ぐ切腹と緩慢なる介護死。まったく異なる二つの死が描かれていきます。生き物は生きることを望む存在です。人は生きたいと願うものです。私の祖母は104歳で亡くなりましたが、死ぬ1週間前でも「もっと生きたい」と話していました。人にとって「大往生」なんてありえないのです。著者は、それらを提示するだけで答えは書きません。読者がそして、自身も何かを感じられればそれでいいのだと思います。
さて、この本の面白さは「死生観」だけでなく「森鴎外」という偉大な作家をまったく別な視点で見られることにあります。
森鴎外というと、ついつい文語調の『舞姫』などを思い起こしてしまいますが、口語調の作品も多数あります。そのなかで鴎外は対句・五言絶句などの漢文の文法や「である」という現在形と「であった」という過去形を織り交ぜた押韻などを用いて文章を連ねていく様子が明らかにされます。
また、鴎外で「女」というとついつい『舞姫』の「アリス」を念頭に置いてしまいますが、著者は、『ぢいさんばあさん』のるんのような決して秀でるような美人でなくても本を読みこなすような賢い女の方が鴎外の好みだった主張するのは、言われてみればなるほどといった感があります。
この本を読むと絶対に青空文庫その他で鴎外作品を読みたくなります。間違いなく、ひとり鴎外祭決定です。
ちあみに、紹介されているのは下記の通り。
『阿部一族』『うたかたの記』『大塩平八郎』『興津弥五右衛門の遺書(初稿)』『最後の一句』『サフラン』『地震』『白』『聖ジュリアン』『ぢいさんばあさん』『釣』『パアテル・セルギウス』『花子』『ファウスト』『普請中』『冬の王』『文づかひ』『舞姫』『安井夫人』『能久親王年譜』『ヰタ・セクスアリス』
さて、切腹とは関係なく、著者がたどり着いたのは森鴎外です。「関係なく」と書きましたが、森鴎外の作品には切腹や人を斬るシーンはたくさんあります。その際たるものは『阿部一族』でしょう。彼らが腹を切ったり、人を斬ったり斬られたりするのは伊達酔狂ではなく、死に急ぐ命のやりとりです。内科医の切腹とは異なります。森鴎外は非常に静かにこのやりとりを描きます。擬音語・擬態語は使いません。幕末に津和野藩の典医の家で生まれた鴎外にとって、武士と刀のやり取りは、非常に近しい存在だったのかもしれません。
一方、20年前に渡米した著者が現地で結婚した画家である夫が死を迎えようとしていました。転倒から歩行が困難になり、やがて寝たきりに。そして、病院と老人施設を行ったり来たりする生活。夫は明らかにうつ状態担ってしまい、著者はホスピスと契約を結び、施設から在宅での終末介護を選びます。
死に急ぐ切腹と緩慢なる介護死。まったく異なる二つの死が描かれていきます。生き物は生きることを望む存在です。人は生きたいと願うものです。私の祖母は104歳で亡くなりましたが、死ぬ1週間前でも「もっと生きたい」と話していました。人にとって「大往生」なんてありえないのです。著者は、それらを提示するだけで答えは書きません。読者がそして、自身も何かを感じられればそれでいいのだと思います。
さて、この本の面白さは「死生観」だけでなく「森鴎外」という偉大な作家をまったく別な視点で見られることにあります。
森鴎外というと、ついつい文語調の『舞姫』などを思い起こしてしまいますが、口語調の作品も多数あります。そのなかで鴎外は対句・五言絶句などの漢文の文法や「である」という現在形と「であった」という過去形を織り交ぜた押韻などを用いて文章を連ねていく様子が明らかにされます。
また、鴎外で「女」というとついつい『舞姫』の「アリス」を念頭に置いてしまいますが、著者は、『ぢいさんばあさん』のるんのような決して秀でるような美人でなくても本を読みこなすような賢い女の方が鴎外の好みだった主張するのは、言われてみればなるほどといった感があります。
この本を読むと絶対に青空文庫その他で鴎外作品を読みたくなります。間違いなく、ひとり鴎外祭決定です。
ちあみに、紹介されているのは下記の通り。
『阿部一族』『うたかたの記』『大塩平八郎』『興津弥五右衛門の遺書(初稿)』『最後の一句』『サフラン』『地震』『白』『聖ジュリアン』『ぢいさんばあさん』『釣』『パアテル・セルギウス』『花子』『ファウスト』『普請中』『冬の王』『文づかひ』『舞姫』『安井夫人』『能久親王年譜』『ヰタ・セクスアリス』
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片道45分の通勤電車を利用して読書している
アラフィフ世代の3児の父。
★基準
★★★★★:新刊(定価)で買ってでも満足できる本
★★★★:新古書価格・kindleで買ったり、図書館で予約待ちしてでも満足できる本
★★★:100均価格で買ったり図書館で何気なくあって借りるなら満足できる本
★★:どうしても本がないときの時間つぶし程度ならいいのでは?
★:う~ん
★なし:雑誌などの一言書評
※仕事関係の本はすべて★★★で統一します。
プロフィールの画像はうちの末っ子の似顔絵を田中かえが描いたものです。
2024年3月20日更新
この書評へのコメント
- ぽんきち2017-04-26 22:05
あ、ありがとうございます。
そうだそうだ、「文學界」。
や、これはほんとにたまたま、「スクラップアンドビルド」初出だったので読んだヤツです。
レビュー見直したら自分で「切腹考」についても書いてましたw
http://www.honzuki.jp/book/227989/review/141526/クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:文藝春秋
- ページ数:280
- ISBN:9784163906034
- 発売日:2017年02月23日
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