Yasuhiroさん
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コナン・ドイルは推理小説だけでなく、SF文学の祖でもあった。ホームズに負けず劣らず濃いキャラの連中が繰り広げるジュラパ的冒険譚は今でも色褪せない面白さだ。 #初めての海外文学vol.3
タカラ~ムさんの掲示板「#はじめての海外文学 vol.3応援読書会」を興味深く拝見していますが、この作品がまだレビューされていませんでした。まだ残っているのが不思議なくらい有名な作品ですが、光文社の古典新釈文庫版を買って読んでみました。
南米ギアナ高地のテーブル・マウンテンが舞台のモデルと言われるこの'The Lost World’、そのアイデア・ストーリーの面白さから、この作品自身も映画化されていますし、かの有名な「キング・コング」「ジュラシック・パーク」「猿の惑星」などの作品の着想に多大な影響を与えたと言われています。もちろん、本家文学の世界でも「ロストワールドもの」というジャンルがあるくらいで、SF&ファンタジー文学の元祖と言っていい作品です。
当然日本でも、コナン・ドイルと言えばこの人、シャーロック・ホームズシリーズの延原謙氏を始め、大仏次郎氏、瀧口直太郎氏と言った錚々たる面々が訳本を出されています。
そして今回の読書会対象である光文社古典新釈文庫で担当されたのは伏見威蕃(ふしみいわん)という方。あまり聞き馴染みのない方でしたが紹介文を読むと主にミステリや軍事政治経済のノンフィクションの訳をされておられるそうです。
今回の訳は20世紀初頭の英国文学の香りを上手く残しつつできる限り平易に訳されておられましたし、随所に注釈もつけてあり、とても良い翻訳だと思いました。
前置きが長いぞっ!
という声が聞こえてきそうですが、さらに申し訳ないことにこの小説、導入部が100ページ以上に及び、それを語らずには先に進めません。実質上キャラ紹介に割かれていると言っても過言ではないのですが、なんせこの小説、主人公たちのキャラが濃い濃い!
シャーロック・ホームズ・シリーズはホームズ本人だけが濃くてワトソン君をはじめ後の常連はまあまあ普通の英国人でした。モリアーティ教授にしてもそうたびたび出てくるわけではなくて、噂だけが独り歩きしてるような人だと私は思いました、間違ってたらすみません。
ところがこの小説は違う。まず、ホームズに匹敵するのがチャレンジャー教授。ドイル卿もいたく気に入っていたらしく、ご自身で扮装されてますので下記写真をご覧ください。凄いでしょ!
怪異な風貌に身長は低いが屈強な体、毒舌屋で喧嘩っ早くて天上天下唯我独尊的に傲慢で、何でも屋の科学者。主人公の新聞記者マローンの第一印象を抜粋してみます。
何ともはや凄い。この人がアマゾン探検した時にメイプル・ホワイトという白人の遺品から先史時代そのままの世界がアマゾン奥地の台地上に存在すると確信したのが事の発端となります。
さて脇役というか本来の主人公も負けてません。新聞記者のマローン。ラグビーアイルランド代表候補になるほどの体格体力でチャレンジャー教授と互角にケンカし、教授から
と形容されるほど。ちなみに冒険に出かける理由の一つが、恋人の心を手に入れるためという俗物的な面もあります。
そしてもう一人の探検の主役がジョン・ロクストン卿。絵にかいたような英国貴族でスポーツマン、この人もマローンから見ると「興味深い」男で、赤毛がだいぶ後退しているおでこと威勢のいい口ひげが男盛りを思わせ、顎髭はナポレオン三世のようでもあり、ドン・キホーテのようでもある。当時の英国貴族らしく、世界各地の植民地に出かけては狩りをし獲物を持ち帰り飾っている。だから南米にも興味津々。というか既にあちこち探検済みで当時のブラジルの汎用語リンガ・ジェラール(ポルトガル語とインディオ語のチャンポン)にも堪能。
あと一人チャレンジャー教授の論敵で犬猿の仲、チャレンジャー教授の挑発に乗って南米探検させられることになるサマリー教授はまあ普通の人。とは言うものの66歳にもかかわらず
まあ、これだけの人間をそろえないとロストワールド探検なんてできないでしょうけどね。それにこれらのキャラ設定がその後の冒険におけるうまい伏線にもなっています。
というわけで、お待たせしました、第七章132Pあたりから、冒険の旅がいよいよ始まります。
この冒険譚にリアリティを持たせている、当時これだけの情報があったのかと驚く程のアマゾン流域の精緻で正確な描写を楽しんだ後、初めての恐竜、翼竜のプレトダクティルスを御一行が目にするのが168P、問題の赤い絶壁(下記写真)を目にするのが170P、そしてついに盛り上がった台地に登頂成功するのが205Pいやあ長かった。
しかしこれが
さあここからジェットコースター的展開で、「ジュラシック・パーク」と「猿の惑星」を合わせたようなアドベンチャーが始まります。早速翼竜に襲われるわ、お約束の獰猛な肉食恐竜に追いかけられるわ、のドタバタ。
そしてお次は猿人の襲来。所謂ミッシングリンクかもしれない貴重な研究対象ですが,獰猛で狡猾でそうもいきません。後から台地へ上ってきた種族と思われるインディオ台地人を虐待支配していて、四人もその仲間と思われ襲撃されます。
そんな恐怖シーンでもコナン・ドイルは英国流ユーモアを忘れません。なんと猿人の族長とチャレンジャー教授が毛の色が違うだけで瓜二つ!だからチャレンジャー教授だけは特別扱い!
とは言え笑ってる場合じゃない。一行はこの窮地をいかに脱出するのか?そして無事台地を降りることはできるのか!?手に汗握る展開にページをめくる手が止まりません。
そんな中でも、この先史時代から取り残された世界を精緻に描写したり、湖のプレシオザウルスの見惚れるような姿を描いたり、コナン・ドイルの筆致は冴えわたっています。
まあそんなこんなで当然ながら四人は無事帰国するわけですが、そこからのまとめ方、そして最後に映画のラスオチ的、あるいはエンドロール終了後のエンディング映像的なツイストの効いたエピソードを二つ三つ持ってくるところは見事。後世のアドベンチャー映画の脚本家がこぞってお手本にしたであろうことは容易に想像がつきます。
もちろん現代の倫理観から見て瑕疵が全くないわけではありません。詳しくはこの文庫の特徴である詳細な解説に譲りますが、当時の大英帝国の覇権主義、植民地主義を無邪気に肯定しているところなどはドイルも当時の英国人の典型ではあり、率直に言って思想的に見るべきところはありません。
しかし、後世に多大な影響を及ぼしたテーマ、科学的考察、今も全く色褪せないストーリー展開、闊達な文章、キャラの造形、巧みなユーモア等々、面白さではシャーロック・ホームズシリーズに全く引けを取らない傑作だと再認識しました。
ということで、「コナン・ドイル=シャーロック・ホームズ」というのが世間の常識ではありますが、こちらも、七つの海を支配し、冒険家が世界を股にかけて活躍できた時代の英国人作家だったからこそ書き得た作品であったと思います。一読の価値ありです!
南米ギアナ高地のテーブル・マウンテンが舞台のモデルと言われるこの'The Lost World’、そのアイデア・ストーリーの面白さから、この作品自身も映画化されていますし、かの有名な「キング・コング」「ジュラシック・パーク」「猿の惑星」などの作品の着想に多大な影響を与えたと言われています。もちろん、本家文学の世界でも「ロストワールドもの」というジャンルがあるくらいで、SF&ファンタジー文学の元祖と言っていい作品です。
当然日本でも、コナン・ドイルと言えばこの人、シャーロック・ホームズシリーズの延原謙氏を始め、大仏次郎氏、瀧口直太郎氏と言った錚々たる面々が訳本を出されています。
そして今回の読書会対象である光文社古典新釈文庫で担当されたのは伏見威蕃(ふしみいわん)という方。あまり聞き馴染みのない方でしたが紹介文を読むと主にミステリや軍事政治経済のノンフィクションの訳をされておられるそうです。
今回の訳は20世紀初頭の英国文学の香りを上手く残しつつできる限り平易に訳されておられましたし、随所に注釈もつけてあり、とても良い翻訳だと思いました。
前置きが長いぞっ!
という声が聞こえてきそうですが、さらに申し訳ないことにこの小説、導入部が100ページ以上に及び、それを語らずには先に進めません。実質上キャラ紹介に割かれていると言っても過言ではないのですが、なんせこの小説、主人公たちのキャラが濃い濃い!
シャーロック・ホームズ・シリーズはホームズ本人だけが濃くてワトソン君をはじめ後の常連はまあまあ普通の英国人でした。モリアーティ教授にしてもそうたびたび出てくるわけではなくて、噂だけが独り歩きしてるような人だと私は思いました、間違ってたらすみません。
ところがこの小説は違う。まず、ホームズに匹敵するのがチャレンジャー教授。ドイル卿もいたく気に入っていたらしく、ご自身で扮装されてますので下記写真をご覧ください。凄いでしょ!
怪異な風貌に身長は低いが屈強な体、毒舌屋で喧嘩っ早くて天上天下唯我独尊的に傲慢で、何でも屋の科学者。主人公の新聞記者マローンの第一印象を抜粋してみます。
教授の容貌に私は息をのんだ。風変りだろうとは予期していたのだが、これほどまでに威圧的な人物と向き合う覚悟はできていなかった。まず息を詰まらせるのは、彼の大きさだ――彼の大きさと威圧的な存在感。(中略)彼の頭は見たこともないほど大きかった。(中略)顔と顎ひげはアッシリアの人頭有翼獣ラマッソスの牡牛を思わせる。(中大分略)それに、うなっては吠える大音声。それが、悪名高いチャレンジャー教授の第一印象だった。
何ともはや凄い。この人がアマゾン探検した時にメイプル・ホワイトという白人の遺品から先史時代そのままの世界がアマゾン奥地の台地上に存在すると確信したのが事の発端となります。
さて脇役というか本来の主人公も負けてません。新聞記者のマローン。ラグビーアイルランド代表候補になるほどの体格体力でチャレンジャー教授と互角にケンカし、教授から
アイリッシュ・アイリッシュ(癇癪持ちのアイルランド人)
と形容されるほど。ちなみに冒険に出かける理由の一つが、恋人の心を手に入れるためという俗物的な面もあります。
そしてもう一人の探検の主役がジョン・ロクストン卿。絵にかいたような英国貴族でスポーツマン、この人もマローンから見ると「興味深い」男で、赤毛がだいぶ後退しているおでこと威勢のいい口ひげが男盛りを思わせ、顎髭はナポレオン三世のようでもあり、ドン・キホーテのようでもある。当時の英国貴族らしく、世界各地の植民地に出かけては狩りをし獲物を持ち帰り飾っている。だから南米にも興味津々。というか既にあちこち探検済みで当時のブラジルの汎用語リンガ・ジェラール(ポルトガル語とインディオ語のチャンポン)にも堪能。
あと一人チャレンジャー教授の論敵で犬猿の仲、チャレンジャー教授の挑発に乗って南米探検させられることになるサマリー教授はまあ普通の人。とは言うものの66歳にもかかわらず
上背のあるやせた筋肉質の体は疲れを知らず、素っ気ない、皮肉っぽく、しばしばとことん冷酷になる性質はなかなかの曲者。
まあ、これだけの人間をそろえないとロストワールド探検なんてできないでしょうけどね。それにこれらのキャラ設定がその後の冒険におけるうまい伏線にもなっています。
というわけで、お待たせしました、第七章132Pあたりから、冒険の旅がいよいよ始まります。
この冒険譚にリアリティを持たせている、当時これだけの情報があったのかと驚く程のアマゾン流域の精緻で正確な描写を楽しんだ後、初めての恐竜、翼竜のプレトダクティルスを御一行が目にするのが168P、問題の赤い絶壁(下記写真)を目にするのが170P、そしてついに盛り上がった台地に登頂成功するのが205Pいやあ長かった。
わたしたち四人はこうして、メイプル・ホワイトの夢の国、失われた世界に降りたった。(205P)
しかしこれが
とてつもない厄災の前奏曲だったのです。まあお約束ですが(笑。
さあここからジェットコースター的展開で、「ジュラシック・パーク」と「猿の惑星」を合わせたようなアドベンチャーが始まります。早速翼竜に襲われるわ、お約束の獰猛な肉食恐竜に追いかけられるわ、のドタバタ。
そしてお次は猿人の襲来。所謂ミッシングリンクかもしれない貴重な研究対象ですが,獰猛で狡猾でそうもいきません。後から台地へ上ってきた種族と思われるインディオ台地人を虐待支配していて、四人もその仲間と思われ襲撃されます。
そんな恐怖シーンでもコナン・ドイルは英国流ユーモアを忘れません。なんと猿人の族長とチャレンジャー教授が毛の色が違うだけで瓜二つ!だからチャレンジャー教授だけは特別扱い!
とは言え笑ってる場合じゃない。一行はこの窮地をいかに脱出するのか?そして無事台地を降りることはできるのか!?手に汗握る展開にページをめくる手が止まりません。
そんな中でも、この先史時代から取り残された世界を精緻に描写したり、湖のプレシオザウルスの見惚れるような姿を描いたり、コナン・ドイルの筆致は冴えわたっています。
まあそんなこんなで当然ながら四人は無事帰国するわけですが、そこからのまとめ方、そして最後に映画のラスオチ的、あるいはエンドロール終了後のエンディング映像的なツイストの効いたエピソードを二つ三つ持ってくるところは見事。後世のアドベンチャー映画の脚本家がこぞってお手本にしたであろうことは容易に想像がつきます。
もちろん現代の倫理観から見て瑕疵が全くないわけではありません。詳しくはこの文庫の特徴である詳細な解説に譲りますが、当時の大英帝国の覇権主義、植民地主義を無邪気に肯定しているところなどはドイルも当時の英国人の典型ではあり、率直に言って思想的に見るべきところはありません。
しかし、後世に多大な影響を及ぼしたテーマ、科学的考察、今も全く色褪せないストーリー展開、闊達な文章、キャラの造形、巧みなユーモア等々、面白さではシャーロック・ホームズシリーズに全く引けを取らない傑作だと再認識しました。
ということで、「コナン・ドイル=シャーロック・ホームズ」というのが世間の常識ではありますが、こちらも、七つの海を支配し、冒険家が世界を股にかけて活躍できた時代の英国人作家だったからこそ書き得た作品であったと思います。一読の価値ありです!
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馬鹿馬鹿しくなったので退会しました。2021/10/8
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- 出版社:光文社
- ページ数:251
- ISBN:B01KHBFEEI
- 発売日:2016年03月20日
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