darklyさん
レビュアー:
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最先端コンピュータ技術と古の物語が融合した物語だが、妙に理屈っぽくならず、女性らしくフワッとしたファンタジー。中東の政治・社会への風刺とも言える物語。
ペルシャ湾の専制国家に住むアリフはハッカーであり、体制側の取り締まりからIT技術でクライアントを守る仕事をしている。彼は生粋のアラブ人ではなく混血であることからその国での未来はたかが知れている。そしてアリフは現在インティサルという身分違いのお嬢様と恋に落ちている。しかしインティサルは父親のきめた相手と結婚せざるを得なくなる。
打ちひしがれるアリフ。彼はネット上で彼女にアリフを見つけられないようにするプログラムを開発しようとする。子供じみた復讐であるが。しかしそれが仇となり体制側のハッカー通称「ハンド」に追跡され始める。そのような中、インティサルからある書物が届けられるそれは「千一夜物語」ではなく「千一日物語(アルフ・イエオム)」であった。
正体が判明したアリフに体制側の魔の手が伸びる。逃亡するアリフ。彼は吸血鬼ヴィクラムという異名を持つ者に助けを求めようとするが、それは文字通り人間ではなかった。アリフは逃げ切れるのか。そしてアルフ・イエオムとは何か。
物語は中東を舞台にアラジンの世界のような魔界とサイバーパンクが融合したものであり、そのような意味においては斬新な設定と言えますが、ストーリーとしてはいたってオーソドックスな冒険譚であり、サイバーパンク物にありがちな読者に不親切とも言える説明のない語句が溢れるとか難解な世界観などはありません。
題名が「無限の書」であることからも、物語のキーがアルフ・イエオムにあることは容易に想像できます。物語はもちろんフィクションですが、この本自体は存在するようです。そして一見普通の物語に見えるアルフ・イエオムに隠された真実、つまり物語は多義的であるというのがミソなのです。もちろんオカルト的な意味で多義的なのですが、考えてみれば古典や名作と言われるものも多義的と解釈できるものが多いと思います。
少し前に読んだ「世界は関係でできている」の中で筆者が物理学の着想を得るのにインド哲学の古典が元になったというくだりがあります。もちろん古代インドの人が現代の物理学を知っているわけはないのですが、現在まで読み継がれている古典や名作というものは一種の真理を鋭く悟っている場合が多く、その当時、作者が想定していたものではないにしろ、現在の状況に当てはめて考えることができるものが多いと思います。
そしてこの物語の最も斬新なアイデアと言えるものが、物語の多義性と量子コンピュータを結び付けているところです。通常のコンピュータでは0か1のどちらかの値しか取ることができないわけですが、量子コンピュータは0と1の値を同時にとることができる。つまりコンピュータに文章を多重に解釈できるようにプログラムするというものです。もちろん荒唐無稽な設定ですが古の書物と最先端のコンピュータ技術を結び付ける設定は素直に面白いと感じました。
また物語には改宗者という女性が登場します。作者のプロフィールを見れば改宗者は作者自身であることが分かります。アメリカ出身でエジプト男性と結婚し、イスラム教に改宗しています。完全にこの空想の世界に身を置く自分を楽しんでいると思います。「千と千尋の神隠し」を彷彿させるアナザーワールド、特別な角度が異世界への入り口というラヴクラフト的な設定、挙句にはアラジンのジーニーまで登場してしまいます。そしてこの物語は「果てしない物語」の中東版のような構造を持っています。
大変楽しい物語でありましたが、この作品が発表されたのが2012年。そしてアラブの春は2011年頃からということを考えればこの作品の結末はまさにアラブの民主化を予言したものとも言えます。そのような意味では「無限の書」は「予言の書」と言えるのかもしれません。
打ちひしがれるアリフ。彼はネット上で彼女にアリフを見つけられないようにするプログラムを開発しようとする。子供じみた復讐であるが。しかしそれが仇となり体制側のハッカー通称「ハンド」に追跡され始める。そのような中、インティサルからある書物が届けられるそれは「千一夜物語」ではなく「千一日物語(アルフ・イエオム)」であった。
正体が判明したアリフに体制側の魔の手が伸びる。逃亡するアリフ。彼は吸血鬼ヴィクラムという異名を持つ者に助けを求めようとするが、それは文字通り人間ではなかった。アリフは逃げ切れるのか。そしてアルフ・イエオムとは何か。
物語は中東を舞台にアラジンの世界のような魔界とサイバーパンクが融合したものであり、そのような意味においては斬新な設定と言えますが、ストーリーとしてはいたってオーソドックスな冒険譚であり、サイバーパンク物にありがちな読者に不親切とも言える説明のない語句が溢れるとか難解な世界観などはありません。
題名が「無限の書」であることからも、物語のキーがアルフ・イエオムにあることは容易に想像できます。物語はもちろんフィクションですが、この本自体は存在するようです。そして一見普通の物語に見えるアルフ・イエオムに隠された真実、つまり物語は多義的であるというのがミソなのです。もちろんオカルト的な意味で多義的なのですが、考えてみれば古典や名作と言われるものも多義的と解釈できるものが多いと思います。
少し前に読んだ「世界は関係でできている」の中で筆者が物理学の着想を得るのにインド哲学の古典が元になったというくだりがあります。もちろん古代インドの人が現代の物理学を知っているわけはないのですが、現在まで読み継がれている古典や名作というものは一種の真理を鋭く悟っている場合が多く、その当時、作者が想定していたものではないにしろ、現在の状況に当てはめて考えることができるものが多いと思います。
そしてこの物語の最も斬新なアイデアと言えるものが、物語の多義性と量子コンピュータを結び付けているところです。通常のコンピュータでは0か1のどちらかの値しか取ることができないわけですが、量子コンピュータは0と1の値を同時にとることができる。つまりコンピュータに文章を多重に解釈できるようにプログラムするというものです。もちろん荒唐無稽な設定ですが古の書物と最先端のコンピュータ技術を結び付ける設定は素直に面白いと感じました。
また物語には改宗者という女性が登場します。作者のプロフィールを見れば改宗者は作者自身であることが分かります。アメリカ出身でエジプト男性と結婚し、イスラム教に改宗しています。完全にこの空想の世界に身を置く自分を楽しんでいると思います。「千と千尋の神隠し」を彷彿させるアナザーワールド、特別な角度が異世界への入り口というラヴクラフト的な設定、挙句にはアラジンのジーニーまで登場してしまいます。そしてこの物語は「果てしない物語」の中東版のような構造を持っています。
大変楽しい物語でありましたが、この作品が発表されたのが2012年。そしてアラブの春は2011年頃からということを考えればこの作品の結末はまさにアラブの民主化を予言したものとも言えます。そのような意味では「無限の書」は「予言の書」と言えるのかもしれません。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:400
- ISBN:9784488014612
- 発売日:2017年02月27日
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