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efさん
ef
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これまでのクイーンとは異なるライツヴィル・シリーズ開幕
 エラリー・クイーンは、国名シリーズを皮切りに、非常に論理的なミステリを数多く創作してきました。
 それは大変魅力的で、謎を解く主人公であるエラリー・クイーンも、頭脳明晰、いささか鼻につくペダンティックな男、スマートではありますが、逆に言えば透徹な推理機械のような、人間味に欠ける男という評価もついて回ったところがありました。

 作者のクイーンがこの辺りをどう考えたのかは分かりませんが、従来の国名シリーズのような作風からガラリと変えて書き始めたのが、架空の町ライツヴィルを舞台にしたシリーズでした。
 本作は、そのライツヴィル・シリーズの第一作に当たります。

 ライツヴィルという町は田舎町であり、この町を開拓して発展させてきたライト一族が町の要職に就き、名士として君臨しているような土地でした。
 田舎町ですから、噂高く、閉鎖的なところも見られます。
 最近、軍需景気により町は非常な発展を見せており、職探しにやってくる人々が後を絶ちません。

 エラリーは、小説を執筆するためにこの田舎町にやって来たのですが、駅を降り立つなりこの町のどこかレトロな雰囲気に魅了され、大変気に入ってしまったのですね。
 ところが、折からの押し寄せてくる人々のために、ホテルはどこも満室で困ってしまいます。
 町の不動産屋に掛け合ったところ、丁度良い物件があると勧められたのがライト一族が所有している家だったのです。

 その家は立派な家だったのですが、『災厄の家』と噂され、それがために借り手がつかないというのですね。
 何故そんな噂が立ったのかというと、この家はそもそもライト一族の次女であるノーラが、ジムという男性と結婚することになった際にその新居として建てられた家だったのです。
 ところがどうしたことか、ジムは結婚を目前に控えて突然ノーラを置き去りにして姿をくらましてしまったのです。
 ノーラは捨てられたのだと町中の噂になってしまいました。
 その後、この家は貸しに出されたのですが、最初に借りようとした者が家を見ている時に、突然倒れて亡くなるということがあり、以来、『災厄の家』と噂されるようになって、誰もこの家を借りようとしなくなったというのです。

 田舎町だけあって、そういう迷信じみたことを信じる気質が人々に根強いのかもしれません。
 エラリーは合理主義者ですから、そんなことを気にすることはなく、喜んでこの家を借りることにし、それを機にライト一族とも親しくなるのでした。
 特に三女のパットとは良い感じになり、何と、エラリーの恋模様も本作では語られることになります。
 人間味に欠けると言われていたキャラから大きく変わったのですね。

 さて、そんなライツヴィルで事件が起きます。
 ことの起こりは3年も行方不明になっていたジムが突然舞い戻ってきたことでした。
 当初、ノーラはジムに会おうともしませんでしたが、その後どういう成り行きか、和解したのでしょうかね、二人は再び結婚すると宣言したのです。

 今度は無事に結婚式も執り行われ、二人は新婚旅行に出かけて行きました。
 エラリーは、二人を祝福し、借りている家を二人のために明け渡すことを承知したのでした。
 しかし、これに恐縮したライト氏は、エラリーを追い出すようなことはできないということで、自分の家の客として迎え入れることになったのです。

 さて、新婚旅行から帰ってきたジムとノーラは、『災厄の家』で幸せそうに暮らし始めたのですが、ノーラらがジムの書斎にする部屋に本を運び入れている時に奇妙な手紙3通が本の間から落ちたのです。
 それを読んだノーラは真っ青になってしまい、その手紙を持って自室に駆け込んでしまいました。

 不審に思ったパットとエラリーは、ノーラが不在の隙を狙ってノーラの部屋に侵入し、下手な隠し方をしていた例の手紙を発見しました。
 その手紙はジムの筆跡で書かれており、おかしなことに先日付で、妻の容態が悪くなった等々と書かれており、最後の日付の手紙には何と、妻が亡くなったと書かれているのです。
 手紙の宛先はジムの妹でした。

 まだ到来もしていない日付で何故こんな内容の手紙を書いているのでしょう?
 しかも、その手紙が挟まれていた本は、毒物に関する本で、砒素の所にアンダーラインが引いてあるではないですか。

 その後、その手紙の日付通り、ノーラが砒素中毒を起こして倒れるという事件が起きます。
 幸い、一命は取り留めるのですが、ノーラはすっかり体調を崩してしまいます。
 そして、2通目の日付の時にもまたもやノーラに砒素が盛られます。
 そして、遂に3通目の日付の日……それは大晦日なのですが、事件が起きます。

 その日はライト一族が集まり、新年を迎えるパーティをしていました。
 みんな酒を飲んで浮かれ騒いでおり、ジムが台所に行ってカクテルを作っていました。
 エラリーは、例の手紙のこともあるので、気になってジムの様子を見張っていたのです。
 ジムは、途中でちょっとその場を離れましたが、その間、作りかけのカクテルに近寄った者は誰もいませんでした。
 その後、戻ってきたジムは、カクテルを作り終え、お盆に乗せてみんなに配り始めたのです。

 体調が回復してきたノーラにも、ジムがカクテルを手渡して飲むように勧めました。
 ところで、しばらく前から、ライツヴィルにはジムの妹がやって来ていました。
 どうも評判の良くない妹で、結構長く滞在しているというのに一向に帰る気配も見せず、この夜のパーティーにも顔を出していました。
 そして、ノーラがジムから渡されたカクテルに少し口をつけたところで、「私にもお酒を頂戴よ」と言い、ノーラが飲んでいたカクテルを受け取るとそれを飲み干してしまったのです。
 ところが、そのカクテルには砒素が仕込まれており、ジムの妹は亡くなってしまったのです。

 当然、ジムが犯人だと思われ、起訴されてしまいます。
 例の先日付の手紙のこともありますし、ノーラはかなりの資産を持っているため、ノーラが死ねばジムには莫大な遺産が転がり込みます。
 そして、ジムはギャンブルの負けが込んでいるようで、ノーラの宝石を次々と質入れしていたことも分かりました。
 また、泥酔した時に、「あの女を殺してやる」などとわめいていたのを目撃されてもいます。

 ジムは、ノーラを殺害しようとして計画し、その経過を手紙に書いておき、その通りに実行して遂にノーラに致死量の砒素入りのカクテルを渡したものの、それを妹に横取りされたために誤って妹が死んでしまった……。
 どう見てもそうとしか思えないのです。

 これが本作で解決すべき事件なのですが、これまでの作品と異なり、エラリーは積極的に捜査に乗り出すようなことはしません。
 思索していることは間違いないのですが、表立って捜査はせず、パットを思いやり、あるいはライト一族を保護する振る舞いをするのがせいぜいで、謎を積極的に解決しようという態度ではないのです。

 謎の解決も、最後の最後、何人かの者が亡くなり、もう刑事裁判で罪を問うなどということが不可能になった後に、パットとその恋人の検事(エラリーはパットを愛してはいたのですが、パットの真意は検事を愛していたのでした)の仲を取り持ってやるために真相を告げるという形で明らかにされます。

 そして、その謎の真相も、かなり人情味の溢れた背景事情を抱えたものとして描かれており、従来のように、奇抜なトリックや驚くような解決という趣はありません。
 だって、真犯人は結構早い段階で私にも分かったくらいなのですから。
 そして、エラリーが最後に明かす真相も、作中で予め示されている手掛かりから理論的に導かれるという類のものではなく、意地悪な言い方をすれば、「何故それが真相と言えるのか?エラリーの言いっぱなしで裏付けが無いではないか」という批判を甘受せざるを得ないものになっていると思います。

 つまり、このライツヴィル・シリーズ第一作は、従来の極めて論理的な、パズルのような作風を捨て、ロマンスもあれば人情話もあるという作品として描かれ、読者の意表を突くようなサプライズを狙った作品という点には重きが置かれなくなっているように感じました。
 それに合わせて、エラリーのキャラも大きく変わっていますし、これまでの名コンビだったエラリーの父親のクイーン警視も全く登場しないのですね。

 さて、これは好みが分かれるところですよね。
 パズルのような、時に非現実的なミステリにうんざりしていた読者にとっては、人間味のあるライツヴィル・シリーズの方が好ましいと思う方も沢山いらっしゃるでしょう。
 他方で、私もその一人なのですが、やはりパズラーとしてのクィーンが好きだ、たとえ推理機械と言われようとも、国名シリーズのようなエラリーが良いという人たちもいるのではないでしょうか。
 どちらが自分の好みに合うか、是非実際に読み比べて頂ければと思います。


読了時間メーター
□□□     普通(1~2日あれば読める)


* エラリー・クイーン全作品(エラリー、リチャード、レーンもの)
〇 国名シリーズ(創元とハヤカワで『謎』か『秘密』かのタイトルの違いはありますがどちらも同じ作品です)
1 ローマ帽子の謎
2 フランス白粉の謎
3 オランダ靴の秘密
4 ギリシャ棺の謎
5 エジプト十字架の謎
6 アメリカ銃の秘密
7 シャム双子の謎
8 チャイナ・オレンジの秘密
9 スペイン岬の秘密

〇 バーナビー・ロス名義
1 X の悲劇
2 Y の悲劇
3 Zの悲劇
4 レーン最後の事件

〇 その他のエラリー・クイーン長編
10 中途の家
11 ニッポン樫鳥の謎
12 悪魔の報復:ハリウッド・シリーズ
13 ハートの4:ハリウッド・シリーズ
14 ドラゴンの歯
16 靴に棲む老婆
17 フォックス家の殺人:ライツヴィル・シリーズ
18 十日間の不思議:ライツヴィル・シリーズ
19 九尾の猫
20 ダブル・ダブル:ライツヴィル・シリーズ
21 悪の起源:ハリウッド・シリーズ
22 帝王死す:ライツヴィル・シリーズ
23  緋文字
24 クイーン警視自身の事件
25 最後の一撃
26 盤面の敵
27 第八の日
28 三角形の第四辺
29 恐怖の研究
30  
31 真鍮の家
32 最後の女:ライツヴィル・シリーズ
33 心地よく秘密めいた場所
34 間違いの悲劇

〇 短編集
35 エラリー・クイーンの冒険
36 エラリー・クイーンの新冒険
37 犯罪カレンダー
 1月~6月
 7月~12月
38 クイーン検察局
39 クイーンのフルハウス
40 クイーン犯罪実験室
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ef
ef さん本が好き!1級(書評数:4925 件)

幻想文学、SF、ミステリ、アート系などの怪しいモノ大好きです。ご紹介レビューが基本ですが、私のレビューで読んでみようかなと思って頂けたらうれしいです。世界中にはまだ読んでいない沢山の良い本がある!

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2017-02-14 07:58

    ハヤカワさんのTwitterフォロワー5万人感謝祭でもしも当選したら、
    この本の新訳を貰いたいと取らぬ狸の皮算用をしていたのは私ですww

  2. ef2017-02-14 19:25

    そんな計算を……

  3. かもめ通信2017-02-14 21:09

    かすりもしなかったんですけどね……ショボン。。。。

  4. 薄荷2017-02-14 22:53

    私も「読者への挑戦」があるシリーズのほうが好きだし、クイーン警視が出てこなくちゃ淋しく思っちゃいますねぇ。
    物語的には結構評価の高い(?)ライツヴィルシリーズ内で「なんと、あのライツヴィルなんだだ!」ってセリフが出てくると「なんだよ~あの、ライツヴィルかよ~」ってがっかりしました(笑)

  5. ef2017-02-15 05:10

    おっしゃるとおり、クィーン警視が出てこないのは非常に物足りないんですよね~。

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