はるほんさん
レビュアー:
▼
遠い国の出来事では、ない
以前に読んだ健康帝国ナチスでも少し触れたが
そこには「優生政策」──すなわち優れた遺伝子を持つドイツ人を増やし、
劣った者を排除するという思想がある。
いわゆるT4作戦やホロコーストへの発端でもあるのだが
その流れの1つとして、ナチスは妊娠・出産を奨励した。
「レーベンスボルン(生命の泉)」と呼ばれる母子の福祉策ではあるのだが、
それは表向きの顔でもあった。
妊娠から出産までは10か月かかる。
優秀なドイツ人をわんさと増やすには、効率が悪い。
そこで考えられたのが、「優秀な子供の誘拐」である。
──これが「レーベンスボルン」の裏の顔だ。
本書は書簡形式のドキュメンタリーだ。
著者は孤児院出身で、愛国心あふれるドイツ人家庭に養育されたが
11歳で「自分はポーランドから誘拐された子」だと知る。
ドイツ人として、いつか軍に入って総統のお役に立つことを夢見ていたのに
「ポラッケ(※ポーランド人の蔑称)」だったなんて!!
彼はその事実を受け入れられず
ことあるごとにドイツを至上と思い、ポーランドの悪態をつく。
それはもう読んでいて鼻持ちならないのだが、
相手を不快にさせると理解しながらも、少年はそれを抑えられない。
またポーランド人も、ドイツ人にしか見えない彼を受け入れがたい。
逆に彼にドイツの悪態をつく。
その不協和音が、痛ましい。
血肉のようにこびりついた「国家」という呪いを哀れと思い、
また決して遠い国の出来事ではないのだろうとも思う。
親の愛情は子供の基盤であり、国家もまた人の基盤であると思う。
それが覆ることで残った傷は、決して浅くないだろう。
事実、エリートを育てる筈の「レーベンスボルン」だが
むしろ成長の遅れなどの弊害も少なくなかったという。
生命はやはり、人が自由に操る範疇ではないのかもしれない。
優生政策は別に、ナチに限った事ではない。
先に読んだ窓から逃げた100歳老人には
犯罪者を去勢するくだりがあるが、これも優生政策の1つだ。
日本ではハンセン病患者の隔離(参考:あん)も、その括りに入るだろう。
古今東西、幾らでもそんな話がある。
優劣を決めたがるのは人の本能なのかもしれない。
そういう意味で平和な世界は「夢の国」なのかもしれないと思う。
が、ほとんどは国家が築き上げた基盤の上に
国民が否応なく生きねばならなかっただけと思う。
基盤だからこそ、「話せば分かる」ような簡単な話ではないのだが。
だがやはり、それらを知るのと知らないのでは違うと思いたい。
頭から拒絶していた著者がショックを受けつつも
ドイツの裏の顔を見つめ、ポーランドを自分の国と受け容れたように
これらの本を自分の血肉にするのは、無駄ではないと思いたい。
キリストは「罪なき者だけが石を投げよ」と言ったというが、
100%の善人は恐らく居ないだろう。
罪を認識してその手を止めることが、多分大事なのだと思う。
===============================
浦沢直樹氏による「MONSTER」という漫画がある。
フィクションではあるが、このレーベンスボルンを下地にしてあり、
無理に親元を離されて教育を受ける子供が
どれだけの歪みを生じるかという話になっている。
18巻もあるのでオススメしにくいが、面白いっすコレ。
そこには「優生政策」──すなわち優れた遺伝子を持つドイツ人を増やし、
劣った者を排除するという思想がある。
いわゆるT4作戦やホロコーストへの発端でもあるのだが
その流れの1つとして、ナチスは妊娠・出産を奨励した。
「レーベンスボルン(生命の泉)」と呼ばれる母子の福祉策ではあるのだが、
それは表向きの顔でもあった。
妊娠から出産までは10か月かかる。
優秀なドイツ人をわんさと増やすには、効率が悪い。
そこで考えられたのが、「優秀な子供の誘拐」である。
──これが「レーベンスボルン」の裏の顔だ。
本書は書簡形式のドキュメンタリーだ。
著者は孤児院出身で、愛国心あふれるドイツ人家庭に養育されたが
11歳で「自分はポーランドから誘拐された子」だと知る。
ドイツ人として、いつか軍に入って総統のお役に立つことを夢見ていたのに
「ポラッケ(※ポーランド人の蔑称)」だったなんて!!
彼はその事実を受け入れられず
ことあるごとにドイツを至上と思い、ポーランドの悪態をつく。
それはもう読んでいて鼻持ちならないのだが、
相手を不快にさせると理解しながらも、少年はそれを抑えられない。
またポーランド人も、ドイツ人にしか見えない彼を受け入れがたい。
逆に彼にドイツの悪態をつく。
その不協和音が、痛ましい。
血肉のようにこびりついた「国家」という呪いを哀れと思い、
また決して遠い国の出来事ではないのだろうとも思う。
親の愛情は子供の基盤であり、国家もまた人の基盤であると思う。
それが覆ることで残った傷は、決して浅くないだろう。
事実、エリートを育てる筈の「レーベンスボルン」だが
むしろ成長の遅れなどの弊害も少なくなかったという。
生命はやはり、人が自由に操る範疇ではないのかもしれない。
優生政策は別に、ナチに限った事ではない。
先に読んだ窓から逃げた100歳老人には
犯罪者を去勢するくだりがあるが、これも優生政策の1つだ。
日本ではハンセン病患者の隔離(参考:あん)も、その括りに入るだろう。
古今東西、幾らでもそんな話がある。
優劣を決めたがるのは人の本能なのかもしれない。
そういう意味で平和な世界は「夢の国」なのかもしれないと思う。
が、ほとんどは国家が築き上げた基盤の上に
国民が否応なく生きねばならなかっただけと思う。
基盤だからこそ、「話せば分かる」ような簡単な話ではないのだが。
だがやはり、それらを知るのと知らないのでは違うと思いたい。
頭から拒絶していた著者がショックを受けつつも
ドイツの裏の顔を見つめ、ポーランドを自分の国と受け容れたように
これらの本を自分の血肉にするのは、無駄ではないと思いたい。
キリストは「罪なき者だけが石を投げよ」と言ったというが、
100%の善人は恐らく居ないだろう。
罪を認識してその手を止めることが、多分大事なのだと思う。
===============================
浦沢直樹氏による「MONSTER」という漫画がある。
フィクションではあるが、このレーベンスボルンを下地にしてあり、
無理に親元を離されて教育を受ける子供が
どれだけの歪みを生じるかという話になっている。
18巻もあるのでオススメしにくいが、面白いっすコレ。
お気に入り度:







掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
歴史・時代物・文学に傾きがちな読書層。
読んだ本を掘り下げている内に妙な場所に着地する評が多いですが
おおむね本人は真面目に書いてマス。
年中歴史・文豪・宗教ブーム。滋賀偏愛。
現在クマー、谷崎、怨霊、老人もブーム中
徳川家茂・平安時代・暗号・辞書編纂物語・電車旅行記等の本も探し中。
秋口に無職になる予定で、就活中。
なかなかこちらに来る時間が取れないっす…。
2018.8.21
この書評へのコメント
- クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
- Hiroshi Kanno2017-02-04 20:51
ハンセン病については旧約聖書レビ記13章に皮膚病の一種として詳しい診断基準がなされていますが、当時において既に彼らは「隔離」の対象でしたが、それは中世においてもそうであり、ナチスの思想には暗黒の中世的思考があるように思いますし、確かに他の障害を持ったものと共に「生きる価値のない」者として扱われ、その意味ではホロコーストによって排他されたユダヤ人同様な存在として処理されたことは確かです。ですからあなたが指摘したことは正しいのかも知れません。ナチス的なダーウィニズムの解釈として正しいのであって、映画「あん」を例にとられていたので、今日的医学及び社会的境遇を考えると俄に頷けなかっただけでそれ以上ではありません。ヘンなケチをつけたようで済みませんでした。
クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:共同通信社
- ページ数:278
- ISBN:9784764102651
- 発売日:1991年08月01日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。




















