ぽんきちさん
レビュアー:
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メロドラマと、誰もがそれを感じていながら言葉に出さない(あるいは出せない)いくつかの事柄
著者はナイジェリア人。アメリカに留学し、学位・修士号を取得しつつ、精力的に作品を発表して注目を浴びる。現在はナイジェリアに軸足を置き、アメリカとナイジェリアを行き来しながら、自身の創作に励み、若い才能の発掘支援に力を注いでいる。
本作は530ページ弱、2段組の大作である。
ナイジェリアとアメリカ、そしてときにイギリスを舞台とし、十数年にわたる出来事を、ときに時系列を行き来しながら綴っていく。
人種や階級、偏見やスノビズムといった、センシティブな視点も含むが、全編の根底に流れるのは、一組の男女の「純愛」と言ってもよい関係性で、これが物語を牽引していく。そういう意味では壮大なメロドラマである。
一方は、人目を引く美人であり、聡明で率直なイフェメル。もう一方は、誠実で堅実かつ穏やかなオビンゼ。ナイジェリアのハイスクール時代に出会った2人は、一目惚れのように惹かれ合い、大学時代を恋人同士として過ごした。若い頃からアメリカに憧れていたのはオビンゼの方だったが、たまたまイフェメルの方が先にアメリカに留学するチャンスを掴み、渡航する。オビンゼもこれに続くはずだったが、運悪く、9.11の直後で、若い外国人男性がアメリカ行きのビザを入手するのは極端に困難だった。オビンゼは仕方なくイギリスを目指す。
すんなり渡米できたイフェメルだったが、生活は必ずしも順風満帆ではなく、生活費を工面するのに苦労する。ときには屈辱的な仕事に手を染め、鬱病のような状態に陥る。心に傷を抱えたまま、オビンゼに自分から背を向け、互いの連絡は途絶えてしまう。
苦しい日々を過ごしながらも、イフェメルの冷静な観察眼は曇っておらず、自身の体験をブログとして綴り始める。アメリカで黒人として暮らすこと。非アメリカ黒人から見たアメリカ黒人。皆が見て見ぬふりをしているレイシズムの例。辛辣だが、新鮮な視点で、的を射たブログは徐々に人気を集め、彼女はそれで生計を立てられるようになる。
アメリカに行く道が拓けるかもしれないとイギリスに渡ったオビンゼは、滞在のためのビザを入手することが出来ず、金を払って偽装結婚をするために苦闘する。トイレ掃除の最下辺の仕事を経験し、イギリスで何とか生き延びようとする同郷人たちの暮らしを垣間見、他人の名前を借りて幾分ましな仕事に就く。何とか金を貯めて結婚にこぎ着ける直前、ことが露見し、強制送還されてしまう。
ナイジェリアに戻った彼はしばらく鬱々としていたが、ふとした幸運で、国の「有力者」と知り合い、富裕層への道をひた走ることになる。
別々の道を歩み、それぞれの恋愛体験も重ねてきた2人は、時を経て、ナイジェリアで再会を果たす。いまだ強く惹かれ遭うことに気付くが、互いの時を埋めることは出来るのか。
「第三世界」から見た英米の描写が非常に鮮やかである。現代のナイジェリアの若者にとって、旧宗主国であるイギリスと、現在の大国であるアメリカとを天秤に掛ければ、アメリカの方がより好ましく感じられるのではなかろうか。そんな「揺らぎ」が、ところどころに象徴的に言及される、多くの英米作家やその作品にも窺えるようでもある。「アメリカーナ」はアメリカかぶれを指す。
現在では、ある意味、外国への敷居は低くなっており、自国から飛び出すことは可能だ。だが、行った先ではその国のルールがあり、たとえ自国でエリートであったとしても、底辺の暮らしを味わうことも往々にしてある。
自分の価値観が通用しない中で抱える深い孤独感や絶望は、立場が違っても、多くの人々の共感を呼ぶところだろう。
イフェメルもオビンゼも一度はどん底まで落ち込んでいく。だがその後の展開は、おとぎ話のように幸運が転げ込み、いささかあっけにとられるほどだ。
これが作品構成上の「脆さ」「粗さ」なのか、それとも、規範自体が揺らいでおり、それゆえに激変しやすい現実社会を本当に映しているのか、判断に迷うところだが、少なくとも、すべての人が同じ程度に幸運であることはあり得まい。このあたりは個人的にはやや興ざめしたところか。
ただ、その途上で2人が味わう「ここに属していない」感覚は痛切に響く。
激動する社会の中で、自分が自分である「拠り所」を人はいったいどこに求めるものなのだろうか。
ナイジェリア社会の描写もまた秀逸である。
軍事勢力の将軍に寵愛されたイフェメルの叔母、ウジェが、聡明な女性から、将軍の威光を笠に着るようになり、将軍急死後は凋落するさまはリアリティに満ちている。
現代ナイジェリアの音楽やビジネスシーンの描写も興味深い。詰まるところ、それぞれの国にはそれぞれの文化や暮らしがあるわけで、ときにアメリカかぶれがいたとしても、すべてがアメリカ中心で回るわけではないのだ。
著者アディーチェは短編の名手でもあるが、本作も各シーンを切り取るとそれだけで短編小説になりそうな部分も多い。短編集『明日は遠すぎて』の1篇「シーリング」は、まさに本作にそのまま取り込まれている。
主人公イフェメルの観察力の鋭さは、もちろん、アディーチェ自身のものを彷彿とさせる。強靱な精神力と開放的な明るさを秘め、同時に、鋭い刃を持っているがゆえの繊細さも併せ持つ、しなやかな書き手である。
重量級だが読み通させる魅力を持つ1冊である。
本作は530ページ弱、2段組の大作である。
ナイジェリアとアメリカ、そしてときにイギリスを舞台とし、十数年にわたる出来事を、ときに時系列を行き来しながら綴っていく。
人種や階級、偏見やスノビズムといった、センシティブな視点も含むが、全編の根底に流れるのは、一組の男女の「純愛」と言ってもよい関係性で、これが物語を牽引していく。そういう意味では壮大なメロドラマである。
一方は、人目を引く美人であり、聡明で率直なイフェメル。もう一方は、誠実で堅実かつ穏やかなオビンゼ。ナイジェリアのハイスクール時代に出会った2人は、一目惚れのように惹かれ合い、大学時代を恋人同士として過ごした。若い頃からアメリカに憧れていたのはオビンゼの方だったが、たまたまイフェメルの方が先にアメリカに留学するチャンスを掴み、渡航する。オビンゼもこれに続くはずだったが、運悪く、9.11の直後で、若い外国人男性がアメリカ行きのビザを入手するのは極端に困難だった。オビンゼは仕方なくイギリスを目指す。
すんなり渡米できたイフェメルだったが、生活は必ずしも順風満帆ではなく、生活費を工面するのに苦労する。ときには屈辱的な仕事に手を染め、鬱病のような状態に陥る。心に傷を抱えたまま、オビンゼに自分から背を向け、互いの連絡は途絶えてしまう。
苦しい日々を過ごしながらも、イフェメルの冷静な観察眼は曇っておらず、自身の体験をブログとして綴り始める。アメリカで黒人として暮らすこと。非アメリカ黒人から見たアメリカ黒人。皆が見て見ぬふりをしているレイシズムの例。辛辣だが、新鮮な視点で、的を射たブログは徐々に人気を集め、彼女はそれで生計を立てられるようになる。
アメリカに行く道が拓けるかもしれないとイギリスに渡ったオビンゼは、滞在のためのビザを入手することが出来ず、金を払って偽装結婚をするために苦闘する。トイレ掃除の最下辺の仕事を経験し、イギリスで何とか生き延びようとする同郷人たちの暮らしを垣間見、他人の名前を借りて幾分ましな仕事に就く。何とか金を貯めて結婚にこぎ着ける直前、ことが露見し、強制送還されてしまう。
ナイジェリアに戻った彼はしばらく鬱々としていたが、ふとした幸運で、国の「有力者」と知り合い、富裕層への道をひた走ることになる。
別々の道を歩み、それぞれの恋愛体験も重ねてきた2人は、時を経て、ナイジェリアで再会を果たす。いまだ強く惹かれ遭うことに気付くが、互いの時を埋めることは出来るのか。
「第三世界」から見た英米の描写が非常に鮮やかである。現代のナイジェリアの若者にとって、旧宗主国であるイギリスと、現在の大国であるアメリカとを天秤に掛ければ、アメリカの方がより好ましく感じられるのではなかろうか。そんな「揺らぎ」が、ところどころに象徴的に言及される、多くの英米作家やその作品にも窺えるようでもある。「アメリカーナ」はアメリカかぶれを指す。
現在では、ある意味、外国への敷居は低くなっており、自国から飛び出すことは可能だ。だが、行った先ではその国のルールがあり、たとえ自国でエリートであったとしても、底辺の暮らしを味わうことも往々にしてある。
自分の価値観が通用しない中で抱える深い孤独感や絶望は、立場が違っても、多くの人々の共感を呼ぶところだろう。
イフェメルもオビンゼも一度はどん底まで落ち込んでいく。だがその後の展開は、おとぎ話のように幸運が転げ込み、いささかあっけにとられるほどだ。
これが作品構成上の「脆さ」「粗さ」なのか、それとも、規範自体が揺らいでおり、それゆえに激変しやすい現実社会を本当に映しているのか、判断に迷うところだが、少なくとも、すべての人が同じ程度に幸運であることはあり得まい。このあたりは個人的にはやや興ざめしたところか。
ただ、その途上で2人が味わう「ここに属していない」感覚は痛切に響く。
激動する社会の中で、自分が自分である「拠り所」を人はいったいどこに求めるものなのだろうか。
ナイジェリア社会の描写もまた秀逸である。
軍事勢力の将軍に寵愛されたイフェメルの叔母、ウジェが、聡明な女性から、将軍の威光を笠に着るようになり、将軍急死後は凋落するさまはリアリティに満ちている。
現代ナイジェリアの音楽やビジネスシーンの描写も興味深い。詰まるところ、それぞれの国にはそれぞれの文化や暮らしがあるわけで、ときにアメリカかぶれがいたとしても、すべてがアメリカ中心で回るわけではないのだ。
著者アディーチェは短編の名手でもあるが、本作も各シーンを切り取るとそれだけで短編小説になりそうな部分も多い。短編集『明日は遠すぎて』の1篇「シーリング」は、まさに本作にそのまま取り込まれている。
主人公イフェメルの観察力の鋭さは、もちろん、アディーチェ自身のものを彷彿とさせる。強靱な精神力と開放的な明るさを秘め、同時に、鋭い刃を持っているがゆえの繊細さも併せ持つ、しなやかな書き手である。
重量級だが読み通させる魅力を持つ1冊である。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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この書評へのコメント
- ぽんきち2017-02-04 09:42
たけぞうさん
わわわ、ありがとうございます。や、かもめ姐さんの図書新聞掲載が大きかったのではないかと。本が好き運営さんの地道なご努力と河出書房新社担当者さんの太っ腹なご判断に感謝したいと思います~。
皆さんに当たるとよいですが、そうはいかないのが抽選ですね(^^;)。結果が出るまでのハラハラドキドキもまた楽しいかなということでw
私はもう一方の「ゴールドフィンチ」に申し込むか考え中です。すげーおもしろそうだけど、ボリュームもかなりなので、別の抽選の当否が出てから判断したいと思っていますwクリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:河出書房新社
- ページ数:544
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