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あかつき
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1980年代コバルト文庫全盛期を彩った新井素子のSF小説「星へ行く船」新装版かつ決定版である.
「星へ行く船」新装版かつ決定版である.

1980年代コバルト文庫全盛期を彩った新井素子のSF小説.
SFというか,未来を設定とした少女小説というべきなんだろうな.
当時やはり大人気の竹宮惠子が挿画を担当していた.なんと豪華な!

で,この新版のどの辺が決定版かというと,旧版ではほぼゼロだった校閲が入っていることと,また初版当時の1981年では仕様がないものの現代においては「古すぎるだろ,それ!」というモノが修正されているというあたり.(未来を設定しているのに,カセットテープとか出てはおかしいでしょ,,,ということだ)
しっかし,それでもやはりええ感じに昭和臭がして楽しい.
例えば,距離が離れた登場人物たちが連絡取りあえないというもどかしさとか(テレビ電話はあっても携帯,という発想がない),男性の身長設定(175cmはもうそんなに長身ではないし,160cmは低めというかかなり…)とか,「半畳を入れる」という慣用句とか,やたらとウインクすることとか.
同時にいらっとするものもある.それは主に滅び去った価値観によるもので,家事は女がして当たり前とか,同性に憧れることをアブ・ノーマルと言い切ることとか,女性の学歴の低さとかである.やだな,未来でもこうだったら.

「星へ行く船」
宇宙開発時代.
地球政府は増え続ける人口コントロールの為に惑星移民を奨励し,地球には超裕福なごく一部の人々のみが生活していた.
森村あゆみは財閥の一人娘.引かれたレールを歩くことに嫌気がさし,家族と財産と婚約者を棄てて地球を脱出.
乗り合わせた宇宙船でダブルブッキングに遭い,個室を男と共有する羽目に.
その男・太一郎はなんだか訳ありの男を密航させていて,あゆみはとある惑星の皇位継承問題に巻き込まれていく.

「雨の降る星 遠い夢」
火星に落ち着き,太一郎の紹介で「水沢総合(やっかいごとよろず引き受け業)事務所」に務めることになったあゆみ.
なかなか本格的な仕事はさせてもらえないわ,太一郎との距離は恋人未満兄妹以上で留まるわ,で欲求不満でちょっと苛々.
そんな折,近所に住む女友達れーこさんから,彼女の恋人が「きりん草」という異星の植物に憑りつかれた?という相談を受ける.

「水沢良行の決断」
「水沢総合(やっかいごとよろず引き受け業)事務所」所長の水沢氏を主人公とする書下ろしで,何故,所長はあゆみを雇ったのかという話.
わたしは太一郎より所長押しなので嬉しい作品であった.

新井素子の文章は非常に癖がある上に,少女一人称の場合はもう手が付けられないほど恥ずかしい文章を直視しなければいけない羽目になる.
例えば……
「も,もう怒ったぞ」「○○しちゃう!」「あん」「どうせ,あたしは××ですよおっ,だ」「△△なのよぉ」「えっと……えっとね」「ちがうもん,□□だもん」「あはん」
……当時小学生だったわたしでさえこの文章はキツかったので,苦手な人はもう初めの数行で脱落するであろう(それもよし).
しかし,何とか読み進めていると,途中で「ギュイン」とギアが変わる瞬間があるのだ.

例えば,この本で言えば「雨の降る星 遠い夢」
あゆみは依頼人・れーこさんの恋人の家に押し掛ける,その男は,「きりん草」という異星の植物に精神を譲り渡してしまっている.
あゆみは扉に手を駆ける.その途端,あらゆる「黄色」のイメージが彼女にぶわっっと襲い掛かるのだ.
一面の麦畑 穂先の黄色 地球にいた頃通っていた短大 れんが造りの校舎の角をまがる と おおいちょう 陽にすける黄色の洪水 幼稚園の友達の絵 大輪のひまわり 鮮やかな黄と茶のコントラスト 宇宙船が燃える 下から出る火 燃える 飛び立ってゆく 炎 中心が青 そしてオレンジがかった黄
 そして彼女は黄色のイメージのなかに「きりん草」たちの望むイメージを垣間見る.
すっかりさびれてしまった宙港 もう船が来ることはない やがて金属はぼろぼろになり 敷石は崩れ塵と化すだろう そして いつか宙港あとにはきりん草が育つだろう 2メートルを超す丈は崩れた敷石をすっかり覆い隠すだろう 何事もなかったかのように きりん草は再びゆれる 何事もなかったように きりん草たちはみつづけるだろう その 黄色い夢を 穏やかな午睡を 
その 黄色い夢を――

一人称小説は,その主人公と波長が合わなければ物語にはじき出される.
わたしの感性は「あゆみ」と全く相容れない.しかし,それでも,このくだりは,
確かにわたしは「あゆみ」に襲い掛かるイメージに巻き込まれ,

鳥肌が立った.

それが,新井素子の筆力だと思う.


因みに,ひとのいない宙港,というのは移民星の逆さ年代記「チグリスとユーフラテス」に引き継がれ,意思を持つ植物が人々の意識を侵食するという設定は「グリーンレクイエム」に引き継がれていく.


つづく
    • コバルト版の表紙。竹宮惠子
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あかつき
あかつき さん本が好き!1級(書評数:760 件)

色々世界がひっくり返って読書との距離を測り中.往きて還るかは神の味噌汁.「セミンゴの会」会員No1214.別名焼き粉とも.読書は背徳の蜜の味.毒を喰らわば根元まで.

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この書評へのコメント

  1. 坂本美香2017-07-17 12:31

    当時もリアル女子はそんなしゃべりしねーよ、と思いながら読んでましたがね(笑)
    そのうちスルーできるようになるよね。慣れよ慣れ(笑)

  2. あかつき2017-07-17 12:33

    あは,そうそう.
    慣れちゃってね,気が付けばレビューもなんていうかこう,素子風,になっちゃうのだ.← こういう風に

  3. yuko2017-07-17 15:29

    コバルト版、処分しちゃって今更がっかりしてたんですけど、新装版!!!
    欲しいー(≧∇≦)

  4. あかつき2017-07-17 15:39

    釣り上げたぞ,コバルト読者!
    yukoさんは誰が好きでした? 私は所長とレイディです!

  5. yuko2017-07-17 19:40

    レイディ!!!ステキだったなぁ(T T)
    ベタだけど、太一郎に惚れてました、まだ純情だったあの頃(笑)

  6. あかつき2017-07-17 19:56

    太一郎人気高いな!
    駄目だよ、現実の男を知る前に太一郎なんてハイスペックを知っちゃったら(笑)

  7. 坂本美香2017-07-17 20:25

    太一郎さん、男前だもんねぇ(o´˘`o)❤*✲゚*

  8. あかつき2017-07-17 20:45

    チビで無精髭でだらしなくて髪ボサボサだけどな。

  9. yuko2017-07-17 21:05

    今なら絶対嫌だな・・・

  10. あかつき2017-07-17 21:15

    今も昔も所長だな、、、太一郎さん、手強い。
    勝てそうな方で行く←え

  11. 坂本美香2017-07-17 21:21

    イケメンとは言ってなーい!ヽ(`Д´)ノ男前なのー!

  12. ikutti2017-07-17 21:59

    こんにちは、コバルト大事に保存してます。
    意識していなかったけれど、SFデビューは新井素子だったのかも。。

  13. あかつき2017-07-17 22:16

    コバルト部屋へいらっしゃいませ❤︎このまま大事にコバルト取っておいてくださいねっ!
    ただ、新装版には各一話ずつ、書き下ろしが付いているんですよ〜♫

  14. ショコラ2017-07-18 00:04

    書き下ろしかー、読みたいなー。

  15. あかつき2017-07-18 00:04

    書き下ろしだけ、立ち読みするって手がありますぜ姐さん。短編だから。

  16. かなえ2017-07-18 08:09

    コバルトの新井素子と氷室冴子は、私の永遠の愛読書です(*´ω`*)

  17. あかつき2017-07-18 09:29

    ですよねっ!
    なぜ少女小説が衰退し、テンプレートなキャラ小説のラノベが隆盛を誇るようになったのか納得がいきません(泣)

  18. 塩味ビッテン2017-07-21 19:34

    反ラノベ派の塩味としても、少女小説はともかくラノベ隆盛の昨今の風潮には激しく納得がいきません。まだマンガのほうがいい表現媒体としての機能を果たしているような気がします。つらつら考えるに、ラノベの定番の甘いラブロマンスは、本当は「りぼん」や「別マ」にマンガとして描きたかったのですが、絵が下手すぎすので文章媒体に走った結果ではないでしょうか。

  19. あかつき2017-07-21 19:45

    多分.ラノベ愛好家には全否定されるのでしょうが,自分がラノベを読んで感じるのは「典型」と「枠」です.キャラクターも,ストーリーも.それはあの無個性な挿画のせいかもしれませんが.あと,わたしの大嫌いなト書き小説ね.会話だけで話すすめるんじゃない.
    色んなシチュエーションのプレイを繰り広げるフランス書院を何冊読んでも既視感を感じるのと同じです.かといってフランス書院を貶める気は毛頭ございません.キリ!

  20. 坂本美香2017-07-21 21:29

    横から入ってして申し訳ありません
    司書の友達いわく、ラノベの主人公は成長したり変化したりしたらイカンらしいですよ(笑)
    苦労したり悩んだりもしたらイカンらしい

  21. あかつき2017-07-21 21:33

    完成品なのか!巨乳のお姉さんの乳は垂れないのか!フランス書院のお姉さんも老けないな!
    そして少女漫画/小説と少年漫画は成長するな、確かに。

  22. 坂本美香2017-07-21 21:38

    じゃ、サザエさんもラノベ(笑)

  23. あかつき2017-07-21 21:39

    いや,あれは水戸黄門.

  24. 塩味ビッテン2017-07-23 15:20

    主人公が成長する「大河ラノベ」を読んでみたい。きっとラノベは読者ばかりか、作者も長尺の大河物は辛抱しきれないのだろうな。

  25. あかつき2017-07-23 15:27

    少女小説が滅亡した理由に,読者の成長スピードにキャラクター成長が追い付かないということがあげられていました.だから,読者が20代近くなると物語が終わっていなくても(なんだかなー)と離れて行ってしまう.
    故に,少女小説は大河にならないほうが良いのです.大河少女小説は大抵未完です.
    ラノベはキャラの「成長」を排して小話を繋げる形だからこそ繁栄しているのかも.

  26. No Image

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