紅い芥子粒さん
レビュアー:
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少年の夢や才能や、愛や未来が、戦争に搾取されるような世界は、まちがっている。
1944年8月7日。
フランスのブルターニュ地方、海岸の町サン・マロは、連合軍に包囲されている。
空からビラが撒かれる。市民へ、街からの退去を促すビラ。
街は、空爆されようとしている。
サン・マロを占領しているドイツ軍をせん滅するために。
ひとりのドイツ兵の少年と、ひとりのフランス人の少女。
ふたりの物語が、1934年から1944年までの年月を行ったり来たりしながら、静謐な文章で語られていく。
少女の名は、マリー・ロール。16歳。
先天性の白内障で幼いころに視力を失う。
パリ自然史博物館の錠前主任だった父に、愛情深く育てられた。
目は見えなくとも、冒険心旺盛な少女に育つ。
点字でジュールベルヌの「八十日間世界一周」や「海底二万里」を夢中で読んだ。
博物館の博士の研究室で、軟体動物に手で触れた。
そして、博物館に厳重に保管されたダイヤモンド「青い炎」の伝説。
少女が12歳のとき、パリはドイツ軍に侵攻される。
マリーは、大叔父のいるサン・マロに、父親と疎開する。
博物館から父親に託された「青い炎」は、本物か、偽物か。
少年の名は、ヴェルナー・ペニヒ。18歳。
ドイツ炭鉱の町の孤児院で、妹と育つ。
炭鉱夫だった父親は、炭鉱の事故で死んだ。
頭のいい子だった。
物理と数学とモノを作ることが好きで、技術者になることが夢だった。
しかし、炭鉱の孤児は炭鉱夫になるしか道がない。
でも、あなたは、きっとなにごとかをなしとげる。孤児院の院長先生は、そういって励ましてくれた。
先生のいうとおり、ヴェルナーの前に道は開かれた。
そのころドイツは戦争を始めていた。有能な子には、士官学校という道。
無慈悲で残酷で過酷な道。それが炭鉱夫よりマシな道だったかどうか……。
ドイツ軍に占領されたサン・マロの町。ふつうの市民が、なにくわぬ顔でレジスタンスの活動に参加している。マリー・ロールもマリーの大叔父も、その一端を担う。
マリーがメモを運び、大叔父が書かれている文や数字を、送信機の前で読み上げて、電波に乗せる。文や数字に隠された意味は、マリーや大叔父にはわからない。
ただそれが、連合軍の重大な軍事行動に結びつくことは、察している。
そのたびに、たくさんの人が死ぬ。
「わたしたちは善人よね」マリーは、自分がしていることにおびえる。
「そうであることを願うよ」大叔父にも自信がない。
戦争には善も正義もないことを、マリーも大叔父も知っている。
サン・マロのマリーの家で、出会うべくしてふたりは出会う。
一日の半分。ほんの短い時間。
それは、心根のやさしさも、すぐれた才能も、愛も未来も、戦争に搾取されつくされた少年にとって、宝石よりも貴い時間だったにちがいない。
1974年、2014年と、物語は続いていく。
ヴェルナーの妹の息子、マリーのひ孫が、ベルリンで、パリで、のびのびと生きている。
少年の夢や才能や、愛や未来が、戦争に搾取されるような世界はまちがっている。
そう思いながら、わたしは、静かに本を閉じる。
フランスのブルターニュ地方、海岸の町サン・マロは、連合軍に包囲されている。
空からビラが撒かれる。市民へ、街からの退去を促すビラ。
街は、空爆されようとしている。
サン・マロを占領しているドイツ軍をせん滅するために。
ひとりのドイツ兵の少年と、ひとりのフランス人の少女。
ふたりの物語が、1934年から1944年までの年月を行ったり来たりしながら、静謐な文章で語られていく。
少女の名は、マリー・ロール。16歳。
先天性の白内障で幼いころに視力を失う。
パリ自然史博物館の錠前主任だった父に、愛情深く育てられた。
目は見えなくとも、冒険心旺盛な少女に育つ。
点字でジュールベルヌの「八十日間世界一周」や「海底二万里」を夢中で読んだ。
博物館の博士の研究室で、軟体動物に手で触れた。
そして、博物館に厳重に保管されたダイヤモンド「青い炎」の伝説。
少女が12歳のとき、パリはドイツ軍に侵攻される。
マリーは、大叔父のいるサン・マロに、父親と疎開する。
博物館から父親に託された「青い炎」は、本物か、偽物か。
少年の名は、ヴェルナー・ペニヒ。18歳。
ドイツ炭鉱の町の孤児院で、妹と育つ。
炭鉱夫だった父親は、炭鉱の事故で死んだ。
頭のいい子だった。
物理と数学とモノを作ることが好きで、技術者になることが夢だった。
しかし、炭鉱の孤児は炭鉱夫になるしか道がない。
でも、あなたは、きっとなにごとかをなしとげる。孤児院の院長先生は、そういって励ましてくれた。
先生のいうとおり、ヴェルナーの前に道は開かれた。
そのころドイツは戦争を始めていた。有能な子には、士官学校という道。
無慈悲で残酷で過酷な道。それが炭鉱夫よりマシな道だったかどうか……。
ドイツ軍に占領されたサン・マロの町。ふつうの市民が、なにくわぬ顔でレジスタンスの活動に参加している。マリー・ロールもマリーの大叔父も、その一端を担う。
マリーがメモを運び、大叔父が書かれている文や数字を、送信機の前で読み上げて、電波に乗せる。文や数字に隠された意味は、マリーや大叔父にはわからない。
ただそれが、連合軍の重大な軍事行動に結びつくことは、察している。
そのたびに、たくさんの人が死ぬ。
「わたしたちは善人よね」マリーは、自分がしていることにおびえる。
「そうであることを願うよ」大叔父にも自信がない。
戦争には善も正義もないことを、マリーも大叔父も知っている。
サン・マロのマリーの家で、出会うべくしてふたりは出会う。
一日の半分。ほんの短い時間。
それは、心根のやさしさも、すぐれた才能も、愛も未来も、戦争に搾取されつくされた少年にとって、宝石よりも貴い時間だったにちがいない。
1974年、2014年と、物語は続いていく。
ヴェルナーの妹の息子、マリーのひ孫が、ベルリンで、パリで、のびのびと生きている。
少年の夢や才能や、愛や未来が、戦争に搾取されるような世界はまちがっている。
そう思いながら、わたしは、静かに本を閉じる。
掲載日:
書評掲載URL : http://blog.livedoor.jp/aotuka202
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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