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allblue300
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戦後七十年の企画として、日本テレビが二〇一五年十月四日に放送した「南京事件ー兵士たちの遺言」の取材をした著者が、テレビ放送した南京事件の枠組みとは大きく異なるものとして世に放った一冊。
なぜ、この事件は強く否定され続け、闇へ封じ込まれようとするのか。真相を求める人々が多いにもかかわらず、大手メディアのほとんどがなぜこの事件から目を逸らすのか。そして現代に生きる人たちは、本当に戦争と無関係なのか、そもそも私自身はどうなのか・・・・・・。そんなことについて書き残したくなったのだ。

事件や事故の調査報道を生業とするイメージが強い清水潔が、南京事件、南京虐殺、南京大虐殺などと呼ばれる「あの出来事」を追い掛けたことがあるとは知りませんでした。

清水潔は信頼するに足るジャーナリストだと思っています。徹底的に一次資料に当たろうとする姿勢はさすがです。普通の人(物書きではない一般人という意味です)はここまでしないし、できません。それならば、信頼するに足ると思う人が書くものを、己の意見の拠りどころにするしかないでしょう。

しつこいようですが、清水潔は信頼するに足るジャーナリストだと思っています。なのでここに書かれていることも信用します。本書にならって、あの出来事は「南京事件」とします。南京事件はそもそもあったのかなかったのか、あなたはどう思うかと問われたら、南京事件は「あったと思う」と答えるでしょう。本書を読んでそう思いました。

どうやら「被害者人数論争」と「虐殺の有無」は別問題と考えた方がよさそうだ。

捏造だ、幻である、プロパガンダだ。これらの言葉が必ずついてまわる南京事件。清水潔は冒頭で極めて冷静に上述の指摘をしています。これが真相を紐解く一つの鍵だと。

南京事件を語る上で必ず出てくる三十万人という数字。当時の南京には二十万人しか住んでいなかった。そもそも三十万人もの死体をどのように処理したのか。このような論法で「三十万人の虐殺」を捏造と主張して、南京事件は「なかった」と結論づける書き手や語り手が多い。最近も渡辺惣樹の書いたものを読んで、なるほどと思ってしまいました。

ところが、三十万人の真相がわからないものだとしても、虐殺があったか否かは別の話。ここが清水潔の主張するところです。被害者人数と虐殺の有無は切り離して考えるべきだと。確かにその通りだと思いました。

清水潔がどのような取材を行ない、どのような一次資料に当たったか気になる人は読んでみて下さい。南京事件を否定する人々はなぜ「なかった」ことに固執するのか。清水潔は取材の終わりで元海軍兵士が言った言葉が、どこか腑に落ちると述懐しています。

『なかった』と言うのは、本当は、あったことを知っているから言っているのだと思います。知っていて、それでも『なかったことにしたい人』が言っているんじゃないかと思います

清水潔がTBSのラジオ番組(パーソナリティは荻上チキ)で、自民党の原田義昭が懸命に南京事件を否定しようとして放った言葉の中に、なぜ否定しようとするのかの答えを推定しています。

私ども日本人としてのね、浮かばれないというか、国益を明らかに害されたまま、国民がですよ、国際社会の中で顔向けできないようなことになっているのではないかな、と思っています

私は「南京事件」という舞台で衝突していたのは「肯定派」と「否定派」だと思っていた。しかしその真の対立構図は「利害」と「真実」だったらしい。

そして、このように結んでいます。利益や利害を主張するイデオロギーと、真実を伝えるべきジャーナリズム、この二つは決して交わることがない平行線だ。最初から相容れるはずもなかったのだと。

清水潔の肉親に関わること、取材中や別の活動における個人的な体験、そこで清水潔が得た気づきもまた心を揺さぶるものでした。自分の中に潜む歪んだ内面と向き合った。取材で知り合った中国の人たちは自身のつまらない偏見など粉砕する力を持っていた。そのように振り返っています。

基本、本は横に読む私ですが、この本は縦に読まされることになりました。さすが、清水潔。この一言に尽きます。まだ二〇一八年も前半の前半戦ですが、今年読んだ本の中で一番の一冊です。より多くの日本人に読んでもらいたい、そして南京事件と向き合ってもらいたい、そう思いました。

あったかなかったかということも含めて、南京事件をどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、できる限り多くの意見を取り入れて判断すべきだと思います。それなので、これからも南京事件に関する本を読み続けていきたいと思います。否定派のものも含めて。
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allblue300 さん本が好き!1級(書評数:1820 件)

本は飲みもの。一日一冊飲む本読みです。朝は珈琲を飲み、昼は本を飲み、夜は芋焼酎を飲む。積ん読山が高くなる一方で悩ましい... 晴耕雨読の暮らしを夢見る四十代。よろしくお願いします。

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この書評へのコメント

  1. No Image
    りゅうちゃん2018-02-17 16:53

    こんにちは。
    書評を拝見し、興味を持ちました。
    私もこの件に関して「三十万人でなければ無かった」となるのかが前から疑問でした。
    「利害」と「真実」という図式は鋭い指摘です。
    この本は読む本リストに加えるかどうか検討します。

  2. 臥煙2018-02-17 19:16

    右も左も、トンデモ本もいくらでもあるので、注意して踏み込んだ方がいいと思います。

  3. No Image
    りゅうちゃん2018-02-17 19:41

    臥煙さん、こんにちは。

    確かにトンデモ本もありますが、どこからか踏み込まないと学ぶことができません。
    まずは学ぶことが大切かと思います。
    学ぶことを放棄している人が多いのです。

    前に書評に書きましたが、図書館でレファレンス(調査担当職員)と話をしました。
    日露戦争の乃木とか東郷を知らないばかりでなく、北方四島も言えないんですね。

    歴史を知らないとはこういうことかと実感しました。
    こうした人が増えれば、憲法改正どころか日本の核兵器保有も知らず、議論なしに決まってしまうのでしょう。

    最初に手にしたのがトンデモ本であっても、学び続ければ実像は見えてくるものです。

  4. allblue3002018-02-18 02:52

    りゅうちゃんさん、ご興味あれば是非。レビューにも書いた通り、私は清水潔を信頼するに足る書き手だと思っていますので本書に書かれていることを信じて、自分の意見として南京事件は「あった」と「現時点では」考えています。ご指摘の通り、踏み込んで行かないと学ぶことはできません。否定派のものも含めて踏み込んでいくことで「やはりなかった」と思うこともあるかもしれません。なので様々な角度から見るために、南京事件で言えば日本側の、中国側の、欧米からの視線で学び続ける必要があるのだと思っています。コメントありがとうございましたm(_ _)m

  5. allblue3002018-02-18 02:58

    臥煙さん、ご指摘ありがとうございます。清水潔が書いたものはトンデモ本ではないと判断しています。著者で線引きするのは一つの手段かと思います。こいつはトンデモだと判断している著者や出版社もあります。そして、時にはそっちの視点から見てみると必要もあると考えています。南京事件で言えば、その時に生きていたわけでもなく、見ていたわけでもなく、一次資料に当たることもできない(言い換えれば、そこまではしない)わけなので、自分が信頼するに足る人物の発信を拠り所にして自分の意見を述べることは一つのあり方だと思っています。コメントありがとうございましたm(_ _)m

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