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星落秋風五丈原
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天罰は 為政者と 彼を選んだ国民に下る
 原作も映画も大ヒット中の『帰ってきたヒトラー』で、彼を本物だと知ったTVディレクターに、ヒトラーが言う。「大衆が扇動されたわけではない。彼等が私を選んだ」その通り、ヒトラー率いるナチ党は国会の第一党となり、国民が選んだ議員達の選出によって彼は首相となる。つまり、ここまでは極めて民主的な手続きが踏まれていた。独裁政権を成立させるために法案を次々と打ち出すのはその後で、どこかの国と同じく、選挙まではおとなしくしていたわけだ。

 彼の自説は極めて明確で「ドイツのための生空間が確保されなければならない」そしてそのあとに続くのはお得意の二元論攻撃するか、遅かれ早かれ確実に絶滅させられるかの厳しい二者択一を迫られているのだ共存という文字は彼の頭にはない。

 共有という文字も、また彼の頭にはない。軍事、政治のトップに立った彼は、勿論スーパーマンではない。それなのに、「不得意分野は得意な者に任せて責任のみ取る」という正しいあり方を取らず、全てに口を出したがった。その結果、あれほど規律が厳しかったドイツ軍部が、「ヒトラーの機嫌」という極めて曖昧で恣意的な意思によって振り回された。忖度によってトップの意思が明確にされないまま、末端に命令が達した時にはエスカレート。後で原因を手繰ろうとしても、明確な意思がないまま実行されたのだから、責任追及もままならない。誰も責任を取らない国が、ヨーロッパの真ん中でのたうちまわる様は、まさに地獄絵だ。しかし、竹槍で米兵に立ち向かい、バケツで火を消せと言われた日本国民も、自身のミスや判断の誤りを一切認めなかった。降伏も放棄も撤退も、一九一八年の再発も許されぬ。見込みがどうあれ、いかなる犠牲を払っても持ちこたえよ。とヒトラーに率いられたドイツ国民と同様であったろう。

 繁栄を目指したヒトラーが導き出したのは完膚なきまでの敗北だった。そして国の最期を見届けることも責任を取ることもなく、彼はさっさと自分の戦争を終わらせた。評伝で何度も述べられるのは、ヒトラー一人が戦争を起こしたわけではないという点である。確かにヒトラ―本人のみに原因・責任があるのならば、彼は既に亡くなっているのだから、二度と同じような事態は起こらない。しかし実際に独裁国家、独裁傾向、暴走しかかっているのに止められず傍観する国民という構図はなくならない。

 過ちを繰り返さないための第一歩は、過去を知る事、理解することだ。ドイツ国民にとって必要なそれは、日本国民にも当てはまる。知らない事は恥ではない。しかし恐ろしい事である。それは単に戦争に留まらず、他人を害する行為すべてに当てはまる。

ヒトラー上巻
帰ってきたヒトラー
『帰ってきたヒトラー 上巻』
『帰ってきたヒトラー 下巻』 
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2332 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2016-08-01 07:03

    この本読んではいませんが共感ボタンを押したくなりました。
    「改めていろいろ考えさせられた!」に1票!

  2. 星落秋風五丈原2016-08-02 21:47

    ありがとうございます。相模原の事件でヒトラーに言及した発言がありましたが、当のヒトラーが日本人をどう思っていたかは、おそらく発言した人は知らないでしょう。「一部を聞いて全部を知ったつもりになり、その人の思想を全面的に受け入れる」のは、まさに第二次大戦のドイツに起こった事です。日本にそういう空気が生まれつつあるのだとしたら、本当に恐ろしいです。

  3. AKIRA@ライター2016-08-07 00:41

    確かに、ドイツは英仏両国に天文学的な数字になる賠償金を要求されて、国民の間に不満がたまっていた事を考えれば、ヒトラーだけに原因があった訳ではありませんね。

  4. 星落秋風五丈原2016-08-08 20:22

    こんばんは。今回この本の中ではヒトラーを扇動家と呼んでいました。扇動=うちわであおいでうごかす、のですが、そもそもの火種が無ければ燃えたたすこともなかったわけです。世界を巻き込んだ大戦が初めての体験だったので、負けた国には容赦なかったです。追い詰められると人はどのような行動を取るか、それこそ心理学ではわかりすぎるほどわかっていたでしょうが、実際に何が起こるかまではわかっていなかったと思います。それくらい、初期のナチス台頭に対する他の国の反応も鈍かった。賠償金の支払いがきつかった所に世界恐慌が加わって、当時のドイツ国民は今のギリシャどころではなく、本当に辛かったと思います。そういった意味で、イギリスの離脱が話題になっていますがヨーロッパとしての枠組みを作ろうという動きが戦後芽生えたのは本当に良かったと思います。

  5. No Image

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