はるほんさん
レビュアー:
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余話というタイトルが示す通り、きっとこの話には「本編」があるのだろう。
物語は、家屋と家屋の隙間に在る路地のよう。
時代や所は明らかにされない。
向こう三軒両隣に暮らしがひしめき合う狭い長屋には
「一時代前」のような空気が流れている。
木内さんの描く狭い路を、ただ歩いていく。
お針子の仕事をしている女。
その向かいに口の減らないバーサン。
魚屋を営む母子家庭に、出入りの糸屋。
丁寧な針仕事に長い日に焼けた畳、どこからか香る沈丁花。
壁越しの生活音まで、耳に届くような心地がする。
そこにかすかな違和感を見たような気がするも、
路に惹かれるままに歩いていく。
魚屋の次男は毎日、針子の女の家に行く。
ただ心地いいからだ。
口やかましい母に、それを助けて稼業を立派に手伝う兄。
不満というのではないのに、もやもやする。
己の未来が狭い長屋のなかにあることに。
かすかな違和感は少しずつ、大きくなる。
過去を語らないバーサン。
ただ曖昧に微笑んでいる針子の女。
迷子になりそうになる。
けれどこんな狭いところで迷う筈がないと、ずんずん歩く。
狭い路地をぐるぐる歩く。
魚屋のおかみさんとまた行き交い、愛想の無い質屋の親爺に出会う。
おかしい。こんなに狭い場所なのに。
なんで私は泣きそうになっているのだろう。
この人たちの小さ過ぎる幸せが、意外なほど胸に迫って。
木内さんの紡ぐ世界は、まさに路地だ。
昨日まで見過ごしていた慎ましやかな場所に
これだけの光が、音が 風が存在していたことに気付かされる。
普段は見えない角度から覗いた世界は、
間近な距離と角度でもって、私たちの胸に迫ってくる。
魚屋の次男は、読者は、針子の女の姿を追う。
かすかな違和感を感じたのは、ここだったのだ。
見慣れた風景から、違う場所へ紛れ込んだように感じたのは。
迷う筈の無い路地で、迷う。
が、路地はそこで終わってしまう。
物語は路地を抜けて、外に出る。
振り返っても、多分もう同じ場所には行けない。
ただぼんやりと、これから魚屋の次男が歩く道と
針子の女が歩いてきた道をおもんばかることはできるけど
それが正しいのかどうかは、最後まで分からない。
余話というタイトルが示す通り、きっとこの話には「本編」があるのだろう。
だが路地からそれは見えないし、また恐らくだが幸せな物語ではない。
けれど針子の女はこの路地で、少しだけ慰められたのだろう。
そして魚屋の次男はこの路地で、己の未来を決めるのだろう。
ふと「遠野物語」が重なる。
現実と幻が刹那行き交う、不思議な場所だ。
不思議話は怪異でありながら、
いつまでも取っておきたいような、夢のような余地がある。
家屋と囲いを敷き詰めた現代に、そんな時の隙間を見つけることは難しい。
ここは物語の裏側だ。
けれどその狭い路地はどこか懐かしく、心地よい。
時代や所は明らかにされない。
向こう三軒両隣に暮らしがひしめき合う狭い長屋には
「一時代前」のような空気が流れている。
木内さんの描く狭い路を、ただ歩いていく。
お針子の仕事をしている女。
その向かいに口の減らないバーサン。
魚屋を営む母子家庭に、出入りの糸屋。
丁寧な針仕事に長い日に焼けた畳、どこからか香る沈丁花。
壁越しの生活音まで、耳に届くような心地がする。
そこにかすかな違和感を見たような気がするも、
路に惹かれるままに歩いていく。
魚屋の次男は毎日、針子の女の家に行く。
ただ心地いいからだ。
口やかましい母に、それを助けて稼業を立派に手伝う兄。
不満というのではないのに、もやもやする。
己の未来が狭い長屋のなかにあることに。
かすかな違和感は少しずつ、大きくなる。
過去を語らないバーサン。
ただ曖昧に微笑んでいる針子の女。
迷子になりそうになる。
けれどこんな狭いところで迷う筈がないと、ずんずん歩く。
狭い路地をぐるぐる歩く。
魚屋のおかみさんとまた行き交い、愛想の無い質屋の親爺に出会う。
おかしい。こんなに狭い場所なのに。
なんで私は泣きそうになっているのだろう。
この人たちの小さ過ぎる幸せが、意外なほど胸に迫って。
木内さんの紡ぐ世界は、まさに路地だ。
昨日まで見過ごしていた慎ましやかな場所に
これだけの光が、音が 風が存在していたことに気付かされる。
普段は見えない角度から覗いた世界は、
間近な距離と角度でもって、私たちの胸に迫ってくる。
魚屋の次男は、読者は、針子の女の姿を追う。
かすかな違和感を感じたのは、ここだったのだ。
見慣れた風景から、違う場所へ紛れ込んだように感じたのは。
迷う筈の無い路地で、迷う。
が、路地はそこで終わってしまう。
物語は路地を抜けて、外に出る。
振り返っても、多分もう同じ場所には行けない。
ただぼんやりと、これから魚屋の次男が歩く道と
針子の女が歩いてきた道をおもんばかることはできるけど
それが正しいのかどうかは、最後まで分からない。
余話というタイトルが示す通り、きっとこの話には「本編」があるのだろう。
だが路地からそれは見えないし、また恐らくだが幸せな物語ではない。
けれど針子の女はこの路地で、少しだけ慰められたのだろう。
そして魚屋の次男はこの路地で、己の未来を決めるのだろう。
ふと「遠野物語」が重なる。
現実と幻が刹那行き交う、不思議な場所だ。
不思議話は怪異でありながら、
いつまでも取っておきたいような、夢のような余地がある。
家屋と囲いを敷き詰めた現代に、そんな時の隙間を見つけることは難しい。
ここは物語の裏側だ。
けれどその狭い路地はどこか懐かしく、心地よい。
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歴史・時代物・文学に傾きがちな読書層。
読んだ本を掘り下げている内に妙な場所に着地する評が多いですが
おおむね本人は真面目に書いてマス。
年中歴史・文豪・宗教ブーム。滋賀偏愛。
現在クマー、谷崎、怨霊、老人もブーム中
徳川家茂・平安時代・暗号・辞書編纂物語・電車旅行記等の本も探し中。
秋口に無職になる予定で、就活中。
なかなかこちらに来る時間が取れないっす…。
2018.8.21
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この書評へのコメント
- Wings to fly2017-04-18 15:55
>余話というタイトルが示す通り、きっとこの話には「本編」があるのだろう。
そうか・・・だから余話なんだ・・・初めて気づかせてもらいました(おそっ!)
良かったですねえ、この作品・・・クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:282
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- 発売日:2016年01月22日
- 価格:1620円
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