fukuさん
レビュアー:
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少し不思議で少し切なく、それでもどこか温かい。そんな物語。
全体的にしん、としている。
決して波風立たないわけではないし、むしろ読んでいくうちにとても不思議で切なく、だけど温かい。でも読み終えてみるとやはり静かな物語だった。
人造絹糸(人絹)が出始めた頃というから、多分大正から昭和の初めの物語。
色んなものが近代的になり始めたものの、それでも昔からのしきたりとか、近づいてはいけないものとかが信じられていたくらいの時代と場所。
古い長屋の一番奥で、針仕事をしながら一人暮らしている齣江(こまえ)。
物静かだがどこか芯がしっかりしていて、こうと決めたら譲らない感じの三十半ば頃の女性。
その向かいに住んでいるトメばあさん。
ズバズバ言うし図々しいところもあるが、どこか憎めない。
魚屋のおかみさん。
息子に起こる時は長屋中に響き渡るような大声を出す、一見がさつなようで情の深い、お母さん。
その息子、浩一と浩三。
浩一はちょっとぼんやり、でも優しいし魚の目利きはぴか一。浩三はちょっと落ち着きがない、でもとても賢い。
齣江のところに出入りする糸屋の若旦那。父親の昔ながらのやり方を変えて、近代的にしていきたいと思っている。
彼らを軸に、様々なドラマが繰り広げられる。
ミカリバアサマとか雨降らしとか、不思議な存在のものが出て来る。浩三には『影』が付いていて、時々忠告をしたり揶揄ったりしている。
糸屋に時折やって来る、大高という糸を買わない得意客は時間を遡って古い時代の吉原に糸屋を連れて行く。
近所の神社で行われたお祭りで天狗に出会えば、それは実は猿田彦で、彼に付いてくと先のことが分かる。
とまぁ、様々な不思議な出来事が起こる。
だが、そこがメインではない。何故ならそこはそんなに掘り下げられない。浩三や浩一らが掘り下げようとするが、それらはスルリとすり抜け、はぐらかさられていく。
そうした現象を通して、色んな人間模様、その人の想いなどが描かれている。
例えば浩三は中学に進学したい、でも家は貧しいし兄の浩一が中学に行かずに魚屋として働いているのにそう言えない。だがその母はちゃんと息子の想いを分かっている、分かっていて本人が『中学に行きたい』と言うのを待っている。
例えば浩一は浩三が中学に受かったのが嬉しくて仕方ない。しかし『弟の合格をただ祝ってやりたいという正直な心と、弟の合格を誰彼構わず云いふらしたいという曲がった心のふたつ』に悩んでいる。
読み進めていくと、ある登場人物たちは異界の者なんだろうなということが分かってくる。
ここに留まるのはどんな未練なのか。
しかしそれを知るのは浩三だけだ。何故浩三が選ばれたのかは分からない。「遠野さん」と関わったからだろうか。『継ぐもの』だからなのか。
そういえば「遠野さん」も不思議な存在だ。どのような奇怪なねじれで現れたものか。
忘れることが切ないのか、一人だけ憶えている方が哀しいのか。
トメさんや齣江の言う言葉には一つ一つに重みがある。
今ある時間を大切に生きている人だからか。
『支えてくれる人がいるのは咎ではない。果報だ』
『どうにもむつかしいところがある』『そこのところが浩ちゃんなのね』
『覚えていればいいの。みんなが忘れてしまっても、覚えてくれればいいのよ』
一話一話は短いが、一つ一つが深くて読み急ぐのは勿体ない。じっくりゆっくり味わいながら読みたい作品。
決して波風立たないわけではないし、むしろ読んでいくうちにとても不思議で切なく、だけど温かい。でも読み終えてみるとやはり静かな物語だった。
人造絹糸(人絹)が出始めた頃というから、多分大正から昭和の初めの物語。
色んなものが近代的になり始めたものの、それでも昔からのしきたりとか、近づいてはいけないものとかが信じられていたくらいの時代と場所。
古い長屋の一番奥で、針仕事をしながら一人暮らしている齣江(こまえ)。
物静かだがどこか芯がしっかりしていて、こうと決めたら譲らない感じの三十半ば頃の女性。
その向かいに住んでいるトメばあさん。
ズバズバ言うし図々しいところもあるが、どこか憎めない。
魚屋のおかみさん。
息子に起こる時は長屋中に響き渡るような大声を出す、一見がさつなようで情の深い、お母さん。
その息子、浩一と浩三。
浩一はちょっとぼんやり、でも優しいし魚の目利きはぴか一。浩三はちょっと落ち着きがない、でもとても賢い。
齣江のところに出入りする糸屋の若旦那。父親の昔ながらのやり方を変えて、近代的にしていきたいと思っている。
彼らを軸に、様々なドラマが繰り広げられる。
ミカリバアサマとか雨降らしとか、不思議な存在のものが出て来る。浩三には『影』が付いていて、時々忠告をしたり揶揄ったりしている。
糸屋に時折やって来る、大高という糸を買わない得意客は時間を遡って古い時代の吉原に糸屋を連れて行く。
近所の神社で行われたお祭りで天狗に出会えば、それは実は猿田彦で、彼に付いてくと先のことが分かる。
とまぁ、様々な不思議な出来事が起こる。
だが、そこがメインではない。何故ならそこはそんなに掘り下げられない。浩三や浩一らが掘り下げようとするが、それらはスルリとすり抜け、はぐらかさられていく。
そうした現象を通して、色んな人間模様、その人の想いなどが描かれている。
例えば浩三は中学に進学したい、でも家は貧しいし兄の浩一が中学に行かずに魚屋として働いているのにそう言えない。だがその母はちゃんと息子の想いを分かっている、分かっていて本人が『中学に行きたい』と言うのを待っている。
例えば浩一は浩三が中学に受かったのが嬉しくて仕方ない。しかし『弟の合格をただ祝ってやりたいという正直な心と、弟の合格を誰彼構わず云いふらしたいという曲がった心のふたつ』に悩んでいる。
読み進めていくと、ある登場人物たちは異界の者なんだろうなということが分かってくる。
ここに留まるのはどんな未練なのか。
しかしそれを知るのは浩三だけだ。何故浩三が選ばれたのかは分からない。「遠野さん」と関わったからだろうか。『継ぐもの』だからなのか。
そういえば「遠野さん」も不思議な存在だ。どのような奇怪なねじれで現れたものか。
忘れることが切ないのか、一人だけ憶えている方が哀しいのか。
トメさんや齣江の言う言葉には一つ一つに重みがある。
今ある時間を大切に生きている人だからか。
『支えてくれる人がいるのは咎ではない。果報だ』
『どうにもむつかしいところがある』『そこのところが浩ちゃんなのね』
『覚えていればいいの。みんなが忘れてしまっても、覚えてくれればいいのよ』
一話一話は短いが、一つ一つが深くて読み急ぐのは勿体ない。じっくりゆっくり味わいながら読みたい作品。
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ミステリーをはじめとするエンタメ全般、青春やお仕事モノ、人生の一コマを書いたホッとするお話が好きです。
最近は時代小説や海外物にも挑戦中です。
基本的に好きな作家さんの作品を多く読んでいますが、新しいジャンルや作品にも興味を持って読んでいます。
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:282
- ISBN:9784120048142
- 発売日:2016年01月22日
- 価格:1620円
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