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darklyさん
darkly
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原因も結論もはっきりしないこの物語は超自然的な領域まで踏み込んでいる可能性がある。
本書を翻案し戦争映画の名作として有名な「地獄の黙示録」のファイナルカット版を見つけ、観るにつけ、ほぼ小説のことを憶えていないことに気付き、丁度光文社文庫版は読んでいないことから読んでみました。

小説は、評価は別としてもあまりに有名であり、このサイトでも沢山の書評があるようですので、あらすじの紹介は割愛することにして様々な解釈が可能な中、私が最も重要視する観点で述べてみたいと思います。

「地獄の黙示録」であるようにジャングル(あるいは未開の地)+戦争により精神が崩壊した兵士という設定は今となってはよくあり、例えば攻殻機動隊S.A.Cの「密林航路にうってつけの日」(明らかにサリンジャーのパクリです)では南米のジャングルでの特殊部隊による残虐非道な作戦が元に精神に変調をきたす兵士が描かれます。

ここでいう人間の精神の崩壊とは、文明社会における法律・規範に反すことを行うことであり、文明社会からしてみれば狂っているということになります。戦争で殺人を犯すことにより病んでいくことがあるということはベトナムやイラク戦争を見ても明らかです。ならばその舞台はジャングルや未開の地でなくても良いのではないかという仮説が生じます。

本書の設定では象牙を扱う商社の社員の話であり戦争の話ではありません。人を殺すことを命じられて、それが原因で精神に変調を来すわけではありません。とするとその原因はジャングルそのものにある可能性が浮上します。

原住民や動植物の攻撃にいつ遇うか分からない中、視界が悪いジャングルで視覚を最も頼りにする人間が抱えるストレス。そして全く文明社会のロジックが通用しない原住民たち。以前NHKのドキュメンタリーで「ヤマノミ」というアマゾン原住民の番組を観たときに最も衝撃を受けたのが、原住民と信頼関係を築き、取材を受け入れてもらい、仲良くなったと思っても、スタッフが「我々を殺さないですよね?」というニュアンスの質問に対し、「それは分からない」といった返答が返ってきたことです。彼らの思考プロセスは私たちには理解できないのです。

そして原住民はジャングルを構成する要素であり、ジャングルは自然を構成する要素です。本書が書かれた19世紀末では西洋文明による帝国主義の時代であり正に西洋が世界の中心かつ支配者であるということを西洋人は微塵も疑わなかった時代だろうと思います。しかしコンラッドは自らの体験をもとに自然あるいは地球や宇宙の中では西洋文明など一時期を謳歌するマイノリティに過ぎないのだ、我々は自分たちの文脈で何もかも分かっていると勘違いしているだけで本当は何もわかっていないのだ。クルツは狂人なのではなく、本来の人間性を体現したものなのだと言いたかったのではないか。帝国主義・白人至上主義を肯定しているという批判もある本書ですが、コンラッドとしてはそれすらちっぽけなことにすぎないと考えていたのではないか。

文明が発達し西洋を始めとして私たちは日常の生活の中で生命の危機を感じることはほとんどありません。しかしそもそも人間は進化の過程でいつ襲われるか、いつ死ぬか分からない状態で生存していたはずです。現代でも文明を離れそのように環境におかれた人間が、原初の人間の、現在の物差しで測れば野蛮という状態に回帰するのはとても自然なことだとも言えるかもしれません。前述のとおり、「人間の精神の崩壊とは、文明社会における法律・規範に反すことを行うことであり、文明社会からしてみれば狂っているということになります。」と書きましたが人間は実はその状態の方が自然であり、自らの命と秩序を最も重視する我々の方がマイナーであると言えるのかもしれません。

さらに深読みすれば、クルツが死ぬ間際に「怖ろしい!怖ろしい!」と囁いたのは、自然の本質、我々には計り知れない、我々が超自然的としか表現できないものを仄めかすための可能性もあり、もはやこの物語は人間や人間社会を描いたものに留まらないオカルト的な領域まで足を踏み込んでいるのかもしれません。「闇の奥」とは言いえて妙で、闇だからどこが一番奥なのかよく分からない、コンラッドが考える一番奥には何があるのか、それは永遠の闇の中なのでしょう。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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