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Wings to fly
レビュアー:
富める者も貧しき者も、叶わぬ夢の前では同等に敗者である。
☆上下巻合わせた書評です。

長い歳月を登場人物と共に歩んだような感慨と、胸を締めつける寂寥感を覚えつつ本を閉じた。エミリー・ブロンテ作『嵐が丘』の舞台を日本へ移し替えたというだけでなく、この作品はもっと巧妙なたくらみに満ちている。

最初の語り手は水村美苗、作者自身のような女性である。主人公・東太郎は若い頃アメリカに渡り、お抱え運転手から大富豪にのし上がった。アメリカ育ちの美苗の人生と彼の人生は何度も交差する。

次の語り手は加藤祐介。東の生い立ちに絡む渡米の理由を偶然人から聞かされ、その話に深く打たれた祐介はアメリカまで美苗を訪ねてくる。祐介が美苗に東との出会いを語り出し物語の幕は開く。すると、祐介に東太郎の幼い頃を語る土屋富美子が登場し、読者を数十年昔へさらってゆく。

時系列で並べると、富美子→祐介→美苗の順に東太郎の話が伝わり、それを水村美苗が小説に書いている、という構造になっている。だから読者は語り手が変わるごとに過去へ過去へといざなわれ、やがて17歳の富美子に寄り添い戦後から現代までの旅路を共にすることになるのだ。

女中の富美子の目を通して描かれるのは、成城界隈や軽井沢での上流階級の生活である。主人と使用人に厳然たる壁のある世界に、使用人の遠縁の幼い東太郎が登場する。富美子が語るのは、ただひとりの女性だけを激しく愛し、また愛された男の、呪いとも祝福ともつかぬ人生である。

呪縛のような愛の幸福と不幸、真の気品とスノッブ、ゆっくりと総中流社会へと進んでゆく日本。時の流れの中に様々な人間模様が映り、息も継がさぬストーリー展開に魅了された。
密かな望みを持っていたのは恋人たちだけではない。終盤にある秘密を明らかにすることで、作者はそれをより強調してみせる。叶わぬ夢の前では、誰もが同等に敗者なのである。

「本格小説」を辞書で引くと、「作者の身辺に材を取った私小説に対し、社会的現実を客観的に描くという近代小説の本来の資格をそなえている小説」とある。しかし、本書はまさに「作者の身辺に材を取った」私小説の趣で始まる。だが登場人物の「水村美苗」が作者本人ではなく、作り上げられた人物だと気づいた時、読者は『本格小説』というタイトルが堂々たる本物であることにも気がつく。

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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2016-06-02 13:51

    うおー★5つなのか!そうなのか!
    やっぱりよまなきゃだなあ。これ。

  2. Wings to fly2016-06-02 17:26

    かもめ通信さん
    私は「凄い」と思ったけど、文庫判の書評では評価が様々です。でも面白くて面白くて読み出したらやめられないし、たいへんインパクトのある作品でしたよ。
    水村さん素晴らしい!『続・明暗』は絶対に読むぞ!

    文庫の書評はこちら(^ ^)

  3. No Image

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