三太郎さん
レビュアー:
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作者がデビュー作「氷平線」から5年後に発表した6編の短編集。デビューまでの作者の苦悩がちょっと垣間見れる気がした。
デビュー作「氷平線」の5年後に書かれた短編集。デビュー作より露悪的な面は抑えめ。6編の短編はどれも作者の地元の北海道が関わっている。故郷の釧路もしばしば登場してくる。幾つかを紹介する。
「海鳥の行方」の主人公は北大を出て北海道の新聞社に入社したばかりの女性記者。仕事一筋につっぱしるタイプで友人はいない。大学時代につき合っていた男は裁判所に勤務しているが、連絡も段々疎遠になった。ある日彼の母親から連絡があり、職場の人間関係から鬱になったという。主人公はこれで自然に分かれられると内心ほっとする。
作者は高校を出たあと裁判所に勤めていたとかで、その時の知見がこの小説に生きているのかも。
お話の本筋は、彼女が堤防で偶然出会って親しくなった失業中の中年の釣り師(密猟中)が海に落ちて亡くなったことを、その男のアパートの管理人から知らされるところから始まる。男には前科があり、若い頃に妻の愛人を刺し殺して服役していた。主人公は男のことを記事に書こうと元妻の住む町へ出かけて、元夫が亡くなったことを知らない元妻がやっている理髪店で散髪してもらう、という話。
「たたかいにやぶれて咲けよ」の主人公も先の女性記者だ。彼女はもう入社3年めになっている。堤防で会った、亡くなった元受刑囚の話を署名記事にして好評だったが、デスクには元妻のコメントが書かれていないことを責められ内心忸怩たるものがあった。その彼女がある施設にいる年老いた女流歌人を取材し、結局思ったような記事が書けなかったという話。
その歌人には決して人には語らなかった男女間の秘密があった。それとは別に歌人は老人ホームに入所する前の数年間を、まだ売れない作家志望の若い男と同居していた。その作家は新人賞をとってから何年も作品が出版されず、歌人が亡くなってから自分と歌人をモデルにしたと誰もが思うような小説を書き、文学賞を受賞する。主人公はまたも記事をデスクに削られ修正されて、思うような記事にはできなかった。
この女性記者は作者の若い頃の姿だったのではないか、と思ってしまった。
「起終点駅」はこの短編をもとに映画が撮られたが、この小説に比べて映画の印象は薄い。というか、映画はアイドル映画のようになってしまい、この作品の暗さ・苦さが出ていない。
主人公は団塊世代の元裁判官で、今は釧路で国選弁護人しかやらない弁護士をやっている。彼は東北大学の法学部出身で、60年代の学園闘争の頃に仙台である女性と同棲していた。司法試験に合格した頃に女は行方をくらました。再会したのは旭川の裁判所勤務の時で、彼女は覚醒剤所持の疑いで起訴されており、彼が裁判官だった。当時の彼には妻子があったのだが、再び女と関係を続けた。
彼は妻子と別れて一緒に暮らそうと言ったが、女は電車に飛び込み自殺をする。そうして主人公は家族と別れて一人釧路にきて弁護士事務所を開いた。それから30年経ち、ある日息子から結婚式に招待される。母の容態が悪く長くはないから、最後に一度会って欲しいというのだが。
結局「起終点駅」の主人公は妻には会いに行かないのですが、この小説には親しかった人間と自ら関係を絶ってしまう人たちが何人も出てきます。事情は様々ですが、絶縁の形も様々で、行方が知れなくなっても何も感じない人もあれば、今でも相手を気遣っている場合もあります。気遣うからこそ二度と会わないということも。僕には「ホテルローヤル」よりずっとよい短編集に思えました。
以下はまったくの余談です。最後の短編「潮風の家」のなかで老婆が「ワシらに身寄りがないこと、誰も気の毒がる必要なんかねえんだわ。みんな親兄弟捨ててきた人間の子や孫なんだからよ」というシーンがあります。昔の北海道への移民はそんな風にして縁を切って渡ってきた人たちが多くいたということでしょう。でも逆の見方をすると、縁を切られて故郷に残された人たちもいたということになります。
実は僕の母方の一族は、母方の曽祖父の代に仙台から北海道へ移住したらしいのです。明治の末のことでした。その時生まれたばかりだった母方の祖父は仙台へ残されました。それで僕は仙台生まれなのですが、仙台へ残された祖父も僕の母が10代の頃に若くして亡くなり、北海道へ移住した母方の家がどうなったのか僕は全然知らないのです。
北海道が舞台のお話はちょっと心がざわつきますね。
「海鳥の行方」の主人公は北大を出て北海道の新聞社に入社したばかりの女性記者。仕事一筋につっぱしるタイプで友人はいない。大学時代につき合っていた男は裁判所に勤務しているが、連絡も段々疎遠になった。ある日彼の母親から連絡があり、職場の人間関係から鬱になったという。主人公はこれで自然に分かれられると内心ほっとする。
作者は高校を出たあと裁判所に勤めていたとかで、その時の知見がこの小説に生きているのかも。
お話の本筋は、彼女が堤防で偶然出会って親しくなった失業中の中年の釣り師(密猟中)が海に落ちて亡くなったことを、その男のアパートの管理人から知らされるところから始まる。男には前科があり、若い頃に妻の愛人を刺し殺して服役していた。主人公は男のことを記事に書こうと元妻の住む町へ出かけて、元夫が亡くなったことを知らない元妻がやっている理髪店で散髪してもらう、という話。
「たたかいにやぶれて咲けよ」の主人公も先の女性記者だ。彼女はもう入社3年めになっている。堤防で会った、亡くなった元受刑囚の話を署名記事にして好評だったが、デスクには元妻のコメントが書かれていないことを責められ内心忸怩たるものがあった。その彼女がある施設にいる年老いた女流歌人を取材し、結局思ったような記事が書けなかったという話。
その歌人には決して人には語らなかった男女間の秘密があった。それとは別に歌人は老人ホームに入所する前の数年間を、まだ売れない作家志望の若い男と同居していた。その作家は新人賞をとってから何年も作品が出版されず、歌人が亡くなってから自分と歌人をモデルにしたと誰もが思うような小説を書き、文学賞を受賞する。主人公はまたも記事をデスクに削られ修正されて、思うような記事にはできなかった。
この女性記者は作者の若い頃の姿だったのではないか、と思ってしまった。
「起終点駅」はこの短編をもとに映画が撮られたが、この小説に比べて映画の印象は薄い。というか、映画はアイドル映画のようになってしまい、この作品の暗さ・苦さが出ていない。
主人公は団塊世代の元裁判官で、今は釧路で国選弁護人しかやらない弁護士をやっている。彼は東北大学の法学部出身で、60年代の学園闘争の頃に仙台である女性と同棲していた。司法試験に合格した頃に女は行方をくらました。再会したのは旭川の裁判所勤務の時で、彼女は覚醒剤所持の疑いで起訴されており、彼が裁判官だった。当時の彼には妻子があったのだが、再び女と関係を続けた。
彼は妻子と別れて一緒に暮らそうと言ったが、女は電車に飛び込み自殺をする。そうして主人公は家族と別れて一人釧路にきて弁護士事務所を開いた。それから30年経ち、ある日息子から結婚式に招待される。母の容態が悪く長くはないから、最後に一度会って欲しいというのだが。
結局「起終点駅」の主人公は妻には会いに行かないのですが、この小説には親しかった人間と自ら関係を絶ってしまう人たちが何人も出てきます。事情は様々ですが、絶縁の形も様々で、行方が知れなくなっても何も感じない人もあれば、今でも相手を気遣っている場合もあります。気遣うからこそ二度と会わないということも。僕には「ホテルローヤル」よりずっとよい短編集に思えました。
以下はまったくの余談です。最後の短編「潮風の家」のなかで老婆が「ワシらに身寄りがないこと、誰も気の毒がる必要なんかねえんだわ。みんな親兄弟捨ててきた人間の子や孫なんだからよ」というシーンがあります。昔の北海道への移民はそんな風にして縁を切って渡ってきた人たちが多くいたということでしょう。でも逆の見方をすると、縁を切られて故郷に残された人たちもいたということになります。
実は僕の母方の一族は、母方の曽祖父の代に仙台から北海道へ移住したらしいのです。明治の末のことでした。その時生まれたばかりだった母方の祖父は仙台へ残されました。それで僕は仙台生まれなのですが、仙台へ残された祖父も僕の母が10代の頃に若くして亡くなり、北海道へ移住した母方の家がどうなったのか僕は全然知らないのです。
北海道が舞台のお話はちょっと心がざわつきますね。
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1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。
長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。
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- 出版社:小学館
- ページ数:285
- ISBN:9784094061369
- 発売日:2015年03月06日
- 価格:648円
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