ぽんきちさん
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無実を証明できるはずの女は、煙のように消えた
1942年発行、最初の邦訳は1955年という、古典的なミステリの新訳。
著者は、コーネル・ウールリッチ、ジョージ・ハプリィの別名義も持ち、本作以外に『黒衣の花嫁』、『死者との結婚』などでも知られる。映像化された作品も多い。
男がいらいらしながら夜の街を足早に行く。不仲の妻を宥めようと外出に誘ったが、こっぴどくはねつけられたのだ。腹立ち紛れに入ったバーで、派手な帽子の女と隣り合わせる。男はふと思い立ち、その日、妻といくはずだったショーに女を誘う。一夜限り。下心はなし。互いの連絡先も名前も聞かない。ただ食事をして、ショーを見て、グラスを傾け、「おやすみなさい」と別れよう。妻への当てつけと憂さ晴らしのつもりだった。女は承諾する。それなりに楽しい時間を過ごし、帰宅してみると、妻は殺されており、彼は容疑者だった。
彼の無実を証明できるのは、あの女だけ。しかし、その行方は杳として知れなかった。
出だしがなかなかの名文である。訳者あとがきに原文が引かれている。
新訳ということで、あとがきには歴代の訳を紹介する解説が記載されている。
まだ宵のうち、これからデートを楽しもうとする街の華やぎの中を、男は苦虫を噛みつぶしたように刺々しく歩く。冒頭で読者を作品世界にぎゅっと引き込む巧みな描写である。
冒頭に限らず、情景描写、心理描写に気が利いている印象深い箇所が多い。帽子ばかりが目を引くが、容貌は取り立てて取り柄のない女。伝票に記された番号、「13」。エキゾチックでエキセントリックな歌手。
絶望的な状況に陥った男だが、刑事も男が真犯人なのか疑いを持ち始めていた。
けれど、このままだと男は死刑に処される。カウントダウンが進む中、男の恋人と友人が捜査に協力する。
「幻の女」はどこだ。しかし、女に手が届きそうになると、するりと手がかりは逃げ去っていく。このあたりの展開も計算されスリリングで、終盤に向かってサスペンスが増していく。
手詰まりかと見せておいて、最後に意外な結末が待つ。
難を言えば、個々の描写は小粋だが、性格描写が今ひとつに感じる。容疑者の男には妻以外の恋人がいる。妻の機嫌を取って、離婚話を進めようとしていたのがその夜の計画だったのだ。ここで、妻が非常に邪悪であるとか、男が妻と結婚してしまうどうしようもない理由があったとか、それなりの「よんどころのない事情」が絡むならばともかく、そういうわけでもない。恋人はただ美しくて優しい女性で、彼はただ真実の愛が妻との間にはないことを悟ったのだ、といわれても、今ひとつ、男やその恋人に肩入れはできない。個人的にはそのあたりが少し「薄い」感じがした。
ともあれ、全般にはらはらさせられるページターナーとは言えるだろう。
余韻を残す「幻の女」も印象深い。
著者は、コーネル・ウールリッチ、ジョージ・ハプリィの別名義も持ち、本作以外に『黒衣の花嫁』、『死者との結婚』などでも知られる。映像化された作品も多い。
男がいらいらしながら夜の街を足早に行く。不仲の妻を宥めようと外出に誘ったが、こっぴどくはねつけられたのだ。腹立ち紛れに入ったバーで、派手な帽子の女と隣り合わせる。男はふと思い立ち、その日、妻といくはずだったショーに女を誘う。一夜限り。下心はなし。互いの連絡先も名前も聞かない。ただ食事をして、ショーを見て、グラスを傾け、「おやすみなさい」と別れよう。妻への当てつけと憂さ晴らしのつもりだった。女は承諾する。それなりに楽しい時間を過ごし、帰宅してみると、妻は殺されており、彼は容疑者だった。
彼の無実を証明できるのは、あの女だけ。しかし、その行方は杳として知れなかった。
出だしがなかなかの名文である。訳者あとがきに原文が引かれている。
The night was young, and so was he. But the night was sweet, and he was sour.
新訳ということで、あとがきには歴代の訳を紹介する解説が記載されている。
まだ宵のうち、これからデートを楽しもうとする街の華やぎの中を、男は苦虫を噛みつぶしたように刺々しく歩く。冒頭で読者を作品世界にぎゅっと引き込む巧みな描写である。
冒頭に限らず、情景描写、心理描写に気が利いている印象深い箇所が多い。帽子ばかりが目を引くが、容貌は取り立てて取り柄のない女。伝票に記された番号、「13」。エキゾチックでエキセントリックな歌手。
絶望的な状況に陥った男だが、刑事も男が真犯人なのか疑いを持ち始めていた。
けれど、このままだと男は死刑に処される。カウントダウンが進む中、男の恋人と友人が捜査に協力する。
「幻の女」はどこだ。しかし、女に手が届きそうになると、するりと手がかりは逃げ去っていく。このあたりの展開も計算されスリリングで、終盤に向かってサスペンスが増していく。
手詰まりかと見せておいて、最後に意外な結末が待つ。
難を言えば、個々の描写は小粋だが、性格描写が今ひとつに感じる。容疑者の男には妻以外の恋人がいる。妻の機嫌を取って、離婚話を進めようとしていたのがその夜の計画だったのだ。ここで、妻が非常に邪悪であるとか、男が妻と結婚してしまうどうしようもない理由があったとか、それなりの「よんどころのない事情」が絡むならばともかく、そういうわけでもない。恋人はただ美しくて優しい女性で、彼はただ真実の愛が妻との間にはないことを悟ったのだ、といわれても、今ひとつ、男やその恋人に肩入れはできない。個人的にはそのあたりが少し「薄い」感じがした。
ともあれ、全般にはらはらさせられるページターナーとは言えるだろう。
余韻を残す「幻の女」も印象深い。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- Tetsu Okamoto2016-05-27 19:38
和田慎二「緑色の砂時計」とか同「オレンジは血の匂い」とかが、これの影響を感じる中編マンガです。サスペンスの古典だから演出が似てくるのはあたりまえといえばあたりまえですが。
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