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Wings to fly
レビュアー:
わたしたちは、優しい夫との幸せな暮らしが待っていると信じていた。待っていたのは、過酷な労働と差別だった。100年前、アメリカへ渡った「写真花嫁」たちの物語。
船でわたしたちは最初に、夫となる人の写真を見せあった。彼らはハンサムな若者で、身なりはよかった。家は白い杭垣で囲まれ、芝生はきれいに刈りこまれていた。彼らはみな、サンフランシスコで、船が港に着いたら待っていると約束していた。船のわたしたちは、埠頭で待っている大勢の男たちが、写真と似ても似つかないとは思いもしなかった。

ここはアメリカだ、とわたしたちは自分に言い聞かせた。心配することはない。それは、誤りだった。

「写真花嫁」たちの物語である。アメリカに移住した男性と写真によるお見合いをし、文通だけで一度も会うことなく婚約し、その写真と手紙だけを頼りに彼女たちは海を渡った。手紙の中身が現実とかけ離れているとは知らず、あるいは写真が二十年前のものとも知らずに。嘘で釣らねば結婚できないほど、移民一世の夫たちは貧しかった。

本書は「わたしたち」という一人称複数形で語られる。わたしたちは収穫時の農場を渡り歩き、あるいは郊外の邸宅の使用人部屋に住んだ。「彼ら」は、わたしたちを隣人としては望まなかった。わたしたちは安い賃金で一日中働き続け、母の助けもなく子を産み育て、ようやく平穏な日々が訪れたころ、日本軍は真珠湾を攻撃した。わたしたちは家も店も畑も、苦労を重ねて築き上げた生活の基盤すべてを失い、日系人収容所へと去って行った。

この本を読んでいる間、「わたしたちは、わたしたちは、わたしたちは・・・・」という声が心の中にこだまする。わたしたちは、感傷に押し流されることなく淡々と事実を語る。日々の暮らしの中で起きた出来事を。忍耐と諦めは多く、喜びはとても少ない。その静かな語り口に、風に舞い散る花びらを見ているような、雪の降りしきる夜空を見上げているような気持になる。

“わたしたちは海を越えた。わたしたちはここにいた。わたしたちはこんな風に生きた。”
静謐な美しさに満ちた作品だ。小さな囁き声の連なりに、心がギュッと絞られる。

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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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この書評へのコメント

  1. 三太郎2016-05-04 17:30

    永井荷風のあめりか物語を読んだのですが、荷風がシアトルから米国へ上陸したのも同じ頃なのですね。彼は日本からの移民のことはあまり書いていませんが、カリフォルニアで日本人排斥運動があることに一言触れています。同胞の過酷な状況を全く知らないではなかったでしょうが、他人事のようでもありました。父親が高級官僚だったからでしょうか。

  2. Wings to fly2016-05-04 22:50

    三太郎さん
    >父親が高級官僚だったからでしょうか
    そうかもしれませんね。アメリカへ渡った男たちも写真花嫁たちも、日本では暮らしが立たないほど貧しいか、またはなんらかの事情で実家から追われた人もいました。この作品には差別と排斥が生々しく綴られています。現代の格差社会の厳しさやヘイトスピーチのまかり通る様子に、”歴史は繰り返す”という言葉が心に浮かび恐ろしくなります。

  3. No Image

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